「俺が相手だ。悪く思うなよ。」
そういえば、確かにここに来る直前会ったとき、皆守は明らかに様子がおかしかった。だから、半分くらい・・・遺跡の石碑を歴史A5で読むくらいの読解力で、なんとなく嫌な予感はしていた。もしかしたら一人で行ったほうがいいんじゃないかな、程度の予感だったのだが、当たって欲しくない予感は無駄に的中したのだった。
そして今。対峙するは多分親友、後ろには告白できず終いの想い人こと、八千穂。準備して寮を出てくる現場を押さえられ、連れて行かざるをえなかったのだ。
それにしても、3人で数時間前までバカやってたというのに、この立場の変わりっぷりは一体何なのか。
「やっちー、きついようなら下がってていいから。」
皆守から目を逸らさず、小声で囁く。
「・・・・大丈夫、手伝うよ。」
少しして、テニスボールが跳ねる音がした。
「今までと一緒だよね。お墓から助け出してあげるだけ。」
今までと一緒。
・・・・そういえばそうか。相手が皆守だからって何を硬くなってたんだ俺。
「・・・そうだな、今までと一緒だ。」
手に持った鞭を握り締める。
「行くぞ。」
言って、前方に跳躍した。
・・・・そこまではよかった。
「・・・・遅い。」
「!?」
振り向く間もガードする間もなく、脳天直撃破壊力抜群の蹴りが飛んでくる。なすすべもなく吹っ飛ばされる事数回。容赦という言葉はどこにもないらしい。
近づいたらヤバイという事だけはとりあえずわかるから、ダッシュで距離をとる。しかし、いつの間にやら背後に居て、気がつけばまた蹴り倒されている。とりあえず、「アロマが美味い」と呟きつつ、軽快なステップで迫ってくるのは、今後一生夢に見そうな気がするほどに怖い。
なんとか攻撃をしても、さくっと避けられてしまえばそれまでだ。そして今まで攻撃はさっぱり当たっていない。自分だって普段はもう少し避けられるのに、ちゃんと当たるのに、などと虚ろな頭で考える。
もっとも、もう少し避けられていたのは皆守の背中にこっそり隠れていたからだし、当たっていたのは敵の背後に回るくらいの余裕があったからだ。
今はその両方がない。
・・・どんだけ頼り切ってたんだ。
こうなるなら、一人で遺跡にもぐる練習もしておくんだった。こうなるなら・・・・
「悪く思うなよ。」
耳元で声がした。ほぼ一瞬後に衝撃。体がまた飛ばされる。そして衝撃・・・・今度は床に叩きつけられる。
頼るんじゃなかった、とは、なぜか思えなかった。
ふらふらする頭を抱えて、もう一度起き上がる。
「まだやるのか?」
こちらを見ている皆守の表情もぼやけて見えない。血でも入ったのだろうか、目が痛む。
「いくよっ!」
唐突に勢いのある声が響いた。
「!?」
聞きなれた音、ボールが思い切り人の体を打つ音。八千穂のスマッシュだ。
「もう一発・・・」
にごる目を少しこすると、視界がすこしだけクリアになった。
自分に背を向ける皆守の向こうで、八千穂がラケットを片手に立っている。
「それ!」
「よっと」
今度は避けられた。しかし、それで十分だった。
「でりゃっ!」
鞭で相手の足を取る。背面からの攻撃が決まりバランスを崩す背中に、もう一度鞭を振るう。
「そうきたか・・・」
ゆらり。皆守がこちらを向く。何見てるのかさっぱりわからない目と目があった。背筋が凍る。
と、思った瞬間また蹴られた。体が吹っ飛んでいくのは、なにやら自分の体ではないようで、どこか他人の事の様だ。床に落ちると、今度こそ気が遠くなった。でも、ここで倒れるわけにはいかない。
ぐらぐらする体をもう一度両手で支える。
「これでおわりだ。」
どうにか立ちあがると、次の攻撃が待ち構えていた。
「やめてっ!」
バコッ!
ふらりと飛び離れようとした瞬間、またしてもいい音が響いた。
「っ!!」
こっちを蹴る予定だったはずの脚が、地面に落ちる。
「これ以上やったら、九チャンが死んじゃうでしょ!?」
その、当たり前なのに突拍子も無い言葉に、皆守の動きが止まった。こちらに背を向けて、八千穂のほうを向く。
「そんなの絶対に許さない!やるなら私を倒してからにしてよ!」
突拍子も無い言葉オンパレード、は、・・・朦朧としていてもわかるくらい震えていた。
「・・・そりゃ無理だ。」
ぼそりと皆守が呟いた言葉は、あの距離の八千穂には聞こえていないに違いない。
「無理だろうな・・・」
ふらり、とこちらを向いたタイミングを見計らって、鞭を、その首に絡ませる。
卑怯とか言う前に、自分の命がまず優先だった。
「!?」
一瞬だけ首を締めて、背中に一発、みぞおちに一発、翻って背中に一発。体はふらふらしていても、アサルトライフルの柄はなかなか強力な武器になってくれた。
「!」
ぐったりと皆守がくずおれる。
鞭を首からはずして、息を確認して・・・よかった、まだ生きてる。
そこまで確認したところで、全身から力が抜けた。玄室の天井がやたらと高いのがわかる。ここで、例によってデカブツが出てこられても、あと10分待ってくれといいたい。
「九チャン、皆守クンっ!」
しかし、どうやらデカブツは出てこないらしい。八千穂がこちらに駆けて来るのがわかった。
「しっかりして、二人とも!ねえ!」
「・・・・・・・だいじょぶ、生きてる。こーちゃんも。でも、ちょっと休ませて。」
へろりと手を振ると、八千穂の顔が歪んだ。
「ありがとな、助けてくれて。」
「バカ・・・!」
最大の功労者であるところの八千穂は、安心したような怒った様な顔で出てきた涙をぬぐう。
「ごめんごめん。」
ふらふらする頭を抱えてどうにか起き上がる。頭をなでようと手を伸ばしたところで、手が笑えるくらい血まみれなのに気がついた。顔をぬぐったときにでもついたのか、どっちにしろこれで八千穂には触れない。目的を失った手は、少しだけ空中に止まって、すごすごとひざの上に落ちた。
とりあえず血止めをするべく救急キットをポケットの中に探すと、ついでに持ってきていたチーズカレーパンまで出てくる。袋をつまみ出して、八千穂のほうに放ると、八千穂は少し驚いた顔で受け止めた。
「休もう。これ、ちょっと袋汚れたけど中身はだいじょぶだから。」
言いながら、自分は応急処置を始める。とりあえず、顔の血くらいはぬぐっておきたかった。ちょっと乾いてしまったのか、ぱりぱりとして気持ちが悪いのだ。
「あ、ありがと・・・」
「どういたしまして。」
ウェットシートで適当に拭い、しつこく出血しているところをとりあえず包帯で押さえていると、となりから小さなうめき声が聞こえてきた。
「あ、起きた?」
「皆守クン!」
顔を覗き込むと、目を閉じたまま少し顔をしかめて・・・そして、目が開いた。
「・・・・九ちゃん?・・・・八千穂。」
気がついたらしい。八千穂が息をつく。
「よかったぁあ・・・」
「おはよ。お前も食う?」
ポケットの中のチーズカレーパンその2を放ると、皆守は、それこそはとが豆鉄砲をくらったような顔でそれをうけとめた。次第に眉間にしわがよっていく。
「お前な。」
「なに?」
「俺はお前を殺そうとしたんだぞ?なんだってこんな」
「もうその気ないだろ?ならいいじゃん。」
みっつめのチーズカレーパンを取り出しつつ答える。
本当のところ、皆守にまだその気があるなら、今度こそ死ぬだろうなあという気もするのだが。
「俺で終わりじゃないんだぞ。」
「まずは補給回復休息。それに俺としては、お前さえ居ればとりあえず生きてられる気がするから大丈夫だ。」
チーズカレーパンを頬張りながら言うと、皆守は盛大に顔を引きつらせた。
「なっ・・・」
「大体さ、お前だって疲れてるんじゃね?いつも動かないのにやたら動いてたし。明後日あたり筋肉痛とか来たりしてー。」
さらりと続けると、泣きそうな顔をしていた八千穂が吹き出した。
「あっははは、九チャン、それはいくらなんでも失礼だよー。」
「いや、でもありえるかなーとか・・・」
「あるかっ!」
たまりかねたのか、皆守が声を荒げる。
「あーもう、何で俺はこんな奴に・・・。」
「いや、やっちーのスマッシュのほうが効いてたんじゃないかと思うけどな。」
訂正という名の茶々を入れると、八千穂も笑う。
「友情の勝利ってヤツ?」
その勝利は、ちょっとしょっぱい。笑いの味も苦くなる。
「あはははは・・・・そうそう、そんな感じ。」
皆守は深々とため息をついた。
「ったく、やるんじゃなかったぜ・・・なんとなくこうなりそうな気はしてたんだ。」
そう言うと、半分ヤケのような音をさせてチーズカレーパンの袋を開ける。
いつの間にか、遺跡最下層の玄室に流れる空気は穏やかなものに変わりつつあったのだった。
1週目に4〜5回くらい蹴り殺されて泣きそうになったとか、APが皆守より低かったもんだから追っかけてくるヤツの姿がマジで怖かったとか、そんな絶妙にいやーな思い出を詰め込んでみました。鞭で背後からシバキ倒したのも、どう考えても八千穂のスマッシュの方が効いてたのも、そこまでずっと皆守に頼りっぱなしだったのも1週目のプレイ通りです。文字通り『実録・最終戦』。情けなさ全開。プレイし始めた最初こそカッコいいイメージあったんですが、ステータス振り方間違ったおかげでバディ無しだと何も出来ないへたれに育っちゃって・・・。
なので、うちのくろすけは基本ヘタレです。敵のターンになると皆守の背中にこっそり隠れるようなヤツです。口癖のように「俺、お前居ないと生きていけない」なんて情けない事を口走りますが、誇張ナシの事実なあたりが痛々しいです。そのくせ八千穂ラブなので、彼女の前ではかっこつけたがります。でもまあ、もうそれでイメージ固まっちゃったからそれでいいや(遠い目)