そんなことはわかっていた。
「ここ最近、佐賀の元気なかなあ。」
「そう?3週間くらい前に会うた時は、いつもよい生き生きしとったよ?」
「昨日会った時は、落ち着かん様子でありもした。」
「気にするだけ無駄やろ、原因なんてわかりきっとぉ。」
まあ、確かに。
長崎の発言に、男4人で頷く。
「佐賀のアレも何とかならんとか、全くもって情けなか。」
「仕方なかやろ、佐賀は福岡が大好きやん。」
「それが情けなかと!全く女ごときに何ば振り回されとっとか・・・」
熊本がイライラと舌打ちする。
好きなのは別に悪い事やなかよー、と宮崎と鹿児島はのほほんと笑う。
そんな会話がなされている事など露知らず、佐賀は一人手帳を見つめていた。
スケジュールの書き込まれたそれには、3日後に赤い丸がつけてある。その下に書かれた「12:20福岡空港」の文字と、そこまで至る矢印の先端。長い矢印をたどっていけば、「福岡 海外出張」とシンプルに書き込まれている。そこから、今日に至るまでの1か月分ほどは、日付に×印がついていた。
どれだけ待ちわびているんだと、自分で自分に問わざるを得ない。
最初の日付の×印をつけたときは、は自由時間の残りを潰していくような気持ちにも似ていた。あのうるさい福岡が居ないのだ、色々不便はあるかもしれないが、それ以上に、福岡の不在による平穏と静けさがありがたかった。
しかし、今はといえば、3日後の福岡の帰りを指折り待つような、そんな気持ちで日付を潰している。後三日が永遠の長さのような、そんな気すらする。
静かな方が自分としてはいいのだが。いつの間にあのうるささに慣れたのか、福岡が居ないと自分の調子が狂う事に気づいたのが二週間ほど前だ。気づけばあの騒々しい女を目が捜している。
ただの出張だ、そんなことはわかっているのだが。
心配する必要は何処にもないのに、なんだか心配だったりするのだ。
連絡を取ろうかと思ったことも一度二度ではない。しかし、「ただの出張」に連絡を入れるのもおかしいだろうと思って、結局連絡は取っていない。
それに多分、入れたら入れたで、数日とおかずにまた心配が募って携帯に手が伸びそうな気もしていた。
自分はそこまで心配性だったわけはない。
ただ、福岡が居ないと調子が狂う。心配やら不安やらで手に付くものも付かない。
「お前、福岡に依存しすぎとっとじゃなかか?」
昨日はとうとう熊本にまで言われてしまった。
そして自分は、否定したかったのに、否定できなかった。いろいろなものの大部分を、確かに自分は福岡に依存しているのだ。
とはいえ、自覚しても開き直る気にはなれなかった。いくらなんでも情けなさすぎる。
かくして、彼は残り三日間を悶々と過ごし、福岡が帰ってくる予定の日を迎えたのだった。
時間より30分くらい前に空港についた。
到着ロビーの出口に立って、その時を待つ。別に出迎えるなどと言っては居ないのだが、何と言って出迎えればいいのかなどと考えていると、思考は迷宮入りするようだ。
荷物を持つ、とか。お疲れ様、とか。よく帰った、とか。言うことはあるはずなのだがまとまらない。そもそも迎えに来るなんて一言も言っていないし。
ぐるぐると悩んでいると、到着口の向こう側が少しずつにぎやかになってきた。飛行機が到着したのだろう、身軽な人間からロビーの方に出てくる。
ただいま、の声が少しずつ聞えてくる中、到着口のほうに目を凝らす。
目で追うのは、茶色くて短い髪の女。しかし該当者が多く、すぐには当人を見つけることは難しい。
ふう、と息をついてもう一度到着口の中を覗き込む。
すると、中に見知った女を見つけた。
大きな荷物を荷物台から引っ張り下ろし、ガラガラとにぎやかにこちらへ向かってくる。
「福岡っ!」
期せずして声が出た。
聞えたのか、福岡がこちらを向く。その目がまん丸に開かれた。
手荷物の手続きをばたばたと終わらせた福岡は、手を振りながら一直線にこちらに向かってくる。
「佐賀!やっほー!」
その表情は晴れやかな笑顔だ。
「福岡・・・!」
赤子が親に向けるように、手を伸ばす。福岡の肩に触れる。・・・間違いなく本物だ。そう認識した瞬間、体から力が抜けた。
「ちょ、ちょっと佐賀?」
縋りつく格好になって、福岡が身じろぎしたのがわかった。
「・・・よかったばい。無事に帰ってきて・・・」
「もー、大げさなんやから。」
自分の身体に、福岡の腕が回る。
「ただいま。」
福岡の声はどうしようもなく優しかった。
「・・・おかえり。待っとったばい。」
そう答える。声に水気が混じったのがわかった。
「もー、そがん泣かんと。九州男児がみっともなかよ。」
ぽんぽん、と背を叩かれて、うぐ、と詰まる。
「っ!別に・・・!」
身体を離す。目をこすって、手を差し出した。
「車できた。荷物ばよこさんか。」
「はいはい。出迎えありがとね。」
福岡が笑って荷物を渡す。
「別に。礼ば言わるっこっちゃなか。おいが勝手に来ただけじゃ。」
荷物を肩にかけ、先に立ってがらがらとトランクを引っ張る。
「ねぇ佐賀?」
「なんじゃ。」
振り返らず返事をすると、福岡はぱたぱたとこちらに回り込んだ。
「なし迎えに来てくれたと?」
正面からまじまじと見つめられて、言葉に詰まる。
「・・・気が向いただけじゃ。」
「目の泳いどっよ。」
搾り出した嘘は一瞬で見抜かれた。
「ばってん、そがんことになっとっ。」
「意味わからんばい、正直に答えんね。」
沈黙が落ちる。その分だけ周りの喧騒がやたらに大きく聞えた。
「・・・・・・やったと。」
なんとか言った言葉は届かなかったらしい。
「なんてね?はっきり言わんね。」
「お前が心配やったと!そいけん、はようお前に会いたかったんじゃ、これ以上言わすんなふーけがっ!」
声を荒げる。頬が熱い。福岡を避け、トランクを引きずって先に進む。
「佐賀っ!」
やわらかな衝撃。
「な、なななななんじゃ!?」
腕にぎゅうと抱きつかれた感触は到底落ち着けるものではない。
「えへへー。ううん、なんでもなかとよー。」
「なら離さんか!」
「やーだ。」
振り払おうとするが、福岡ならではとも言うべき力によって結局それは失敗に終わった。
「えへへへー。」
「気持ち悪かぞ。なんじゃその笑い方は。」
「別によかやん。あ、あの車よね?」
福岡はぎゅうとくっついたまま、謎の上機嫌で佐賀の車を指差す。そうじゃ、と答えて、佐賀も車の鍵を確認した。
大量の荷物を車に載せて、運転席に乗り込む。
隣は、いつもどおりうるさくて騒々しくて、今日は旅行帰りでテンションが上がったのか、謎の上機嫌まで付いている。
しかし、いつものようにせからしかぞ、とは言わなかった。
居ないよりは、居てくれる方が何倍も何十倍も落ち着くのだ。今日はそれを享受しようと、そう思ってのことだった。
そんなちょっとした妄想。
あと、熊本さんは、なんとなくですが佐賀を少しは気遣ってくれそうな気がします。きっと福岡にべったりな佐賀をしっかりせんかとイライラしてみてるような気がする。