花火の日

今年もこの季節がやってきた。


久留米の水天宮奉納花火大会は、今では筑後川花火大会とも言われ、大掛かりな夏の風物詩となっている。
会場となる筑後川は佐賀と福岡の県境でもあり、会場は佐賀の一部にまで掛かっていた。
「佐賀、今年も花火みるとよね?」
その打ち合わせの終了後。福岡が聞くと、佐賀は、ああと頷いた。
「今年は家の方で見ゅーかなと思っとっ。」
「基山?それとも鳥栖の方ね?」
佐賀側の会場の名を挙げると、違うと首をふる。
「いや、会場には行かん。人の多すぎて見物するどころやなかし。」
人ごみが苦手なのは相変わらずのようだった。・・・それでも、今まで毎度福岡が誘って祭りの会場に連れ出していたのだが。
「じゃあ、どこね?」
問うと、佐賀は手のひらを自分の側に振った。
「筑後川のこっち側さい。」
・・・それは佐賀県内という意味とほぼ同義である。
「それでわかるわけなかろーが。」
言い返すと、それもそうかと頬をかく。
「まあ・・・静かな所ばい。仕掛けは見れんと思うばってん、花火は十分見ゆっとじゃ。」
今年のおいの特等席ばい、と機嫌がよさそうに佐賀の頬が緩んだ。
その態度が、なんだか少し悔しい。何が悔しいかといえばそれは良くわからないのだが、一人で幸せそうにしているのがどうにも面白くない。
「私も行くばい。」
だから、そう宣言した。
「おう、楽しんで来ればよかさ。」
しかし、普通に会場に行くと思われたか、さらっと流される。
「違うと。佐賀と一緒にいくと!特等席ば独り占めなんて許さんよ。」
佐賀の目が開かれた。そしてその瞳は怪訝そうに此方を覗き、眉間に皺が寄る。
「あー・・・おいの言い方が悪かったか?
 福岡に薦めはせん、お前の好みとは外れとっ。」
「そがんこと言って独り占めするとやろ。だからケチって言わるっとやんね。」
「そうじゃなか。お前は祭りが好いとっとやろが。」
こっちには祭りの雰囲気なんぞない、やめとけ。
そう言ってぱたぱたと手を振った。なんともつれなく、挙句佐賀は背を向けようとする。
・・・その態度に、生来の負けん気に火がついた。
「そんなん、行ってみらんとわからんやろーが!」
とにかく行くばい!
強く言うと、相手は明らかにうろたえたらしい。
「・・・・・・本気か・・・?」
「あたしに二言はなか!」
「思い直」
「断るっ!」
きっぱりと言い切ると、佐賀は中空を見上げてため息をついた。
「・・・わかった。そいぎ、花火の始まる前に待ち合わせしゅーか。」


待ち合わせは夕刻で、会場から少し離れた駅だった。
佐賀が車で来ると言っていたので、こちらは電車というわけだ。
浴衣姿で駅前で待っていると、こっちばい、と声が掛かる。
見ると、同じく紺の浴衣姿・・・にスニーカーの佐賀が此方を向いて手を振っていた。脇にあるのは白い・・・軽トラック。
浴衣に着替えて駅で待ち合わせをしているという事態に、なんだかデートのようだなあ、などということを少し考えていたのだが、初手からそういう雰囲気は見事に吹っ飛んだ。
「なんで軽トラ?」
乗り込むと同時につい聞いてしまう。佐賀は、また怪訝そうな顔をこちらに向けた。
「そら、花火見物するために決まっとろーで。」
花火見物に軽トラ。隣の県のことながら、その常識はわからない。
疑問符だらけの福岡をよそに、混む前に行くぞ、と佐賀はギアを動かした。
回りの光景は町から田舎へと変わっていく。幹線を避け、裏道と回り道近道を駆使して、会場の方にはどうやら近づいているらしいのだが。なんでこうも妙な道を知っているのかと、たまに不思議になる。
そして、あたりが薄暗くなる頃、ついた先は田んぼのど真ん中のあぜ道だった。
遥か彼方に筑後川の堤防が見える。
「まあまあの時間やんな。」
車の時計を見ると、佐賀はひょいと外に飛び降りた。
「佐賀、ここって私道やなかと?」
気になってたずねると、気にしなくて良いと返ってきた。
「この間田んぼば手伝った時に、来んねちいわれたとじゃ。」
そう言って、彼方の方を指差す。そこには宴会の準備中と思しき人たちが居た。車から降りようとすると、佐賀が止めにかかる。
「準備はおいのすっけん、中で待っとかんね。」
「よか、私も手伝う。」
「・・・そんな綺麗か格好ばしとっとにや?」
呆れたような顔に笑う。
「佐賀だって変わらんやん。」
「おいがとは、昔っから着よっとやけん、何しようがよかとさ。」
照れたように言って、佐賀は荷台の方に準備に行ってしまった。次いで降りる。
佐賀の様子からすると、どうやら会場はトラックの荷台らしい。積んでいた荷物は、敷物やら飲み物やらつまみやらと見た。
降りて開いた荷台に上がろうとすると、気づいた佐賀から手が差し出された。荷台に敷物を敷き、クッションを置いて、おつまみが広げられ、気がつけば団扇も置いてある。蚊取り線香や虫除けまで置いてあるのは、一種のマメさを感じ取れない事も無い。そして、敷物の下に隠れていたらしいクーラーボックスには、飲み物がばっちり冷えていた。・・・二人で飲むには若干多いが。
佐賀はそこまで準備すると、身軽にトラックから飛び降りる。下から差し出された腕につかまって降りると、佐賀はクーラーボックスを肩にかけた。
「挨拶にいかんばけん。」
そういうことか、と納得する。
「ん、わかったばい。」
あちらの宴会組に挨拶と差し入れ。そしてトラックに戻ってみると、始まりはもうすぐだった。


空砲が三発。
それと同時に、ビールとノンアルコールビールの缶が開いた。
「かんぱーいっ!」
夜空に色づく花火は、緑で埋まった田んぼの隙間にちらちらと映って美しい。
佐賀は静かだと言っていたが、言うほどに静かではない。頭上では花火の音が轟いているし、田んぼはかえるの合唱が非常ににぎやかだ。ただ、人はあまりおらず、よって人ごみも無い。花火のみを楽しむには悪くない条件だった。
・・・なるほど、特等席だ。人ごみが苦手な佐賀らしいとも思う。
「よかね、こがんとも。風情のあって。」
団扇片手に空を仰げば、大輪の華が次々に咲いた。
「・・・福岡がよかないば、よかった。」
アルコールなしのビールを片手に、佐賀もふうっと息をつく。
ひっきりなしに響く花火の音、それとほぼ同時に炸裂する光。
「最初から飛ばしとっねえ。」
「今年も頑張りよっとじゃ。」
あの色は何だろうか、とか。今年の新色は紫か?あの赤も新しい、などと花火談義にも花が咲くうちに、尺球もあがった。
ひときわ大きな音と大きな華に、二人して歓声が上がる。
頭の上は、空を埋めるような光の雨だ。
「おいは、毎年こいば楽しみにしとっとじゃ。」
「あたしだって楽しみにしとっとよ。」
がちん、と缶をつき合わせて笑う。
そうしているうちに、やがて花火の規模が小さくなった。堤防に隠れて見えにくくなった花火がチラリと見える。
「仕掛けか。」
「やろねー。」
ナイアガラは筑後川花火大会の名物なのだが、今年は見れるような気がしなかった。
なんとなくわかってはいたが、残念ではある。少ししょげておつまみに手を伸ばすと、佐賀は、立ち上がってトラックの屋根に手をかけた。
そしてひょいと身軽に屋根に上る。するとすぐに、おお、と小さな声が聞こえた。
「福岡、こっちに来れるか。」
「ん、なんね?」
手が伸べられる。それにつかまって屋根に立つと、小さな花火の群舞が目に入った。
「・・・仕掛けも一応見らるっごたっぞ。」
「そうやねえ。」
ただし、足場は若干不安定だ。
思わず身をかがめると、佐賀はまた、身軽に荷台に下りた。目で追っていると、クッションが差し出される。
座っておけ、という事なのだろう。
クッションを下に敷いて屋根に腰掛ける。これはなかなか快適だ。
「お酒もー。」
調子に乗ってそうねだると、佐賀が小さく笑った。
「わかっとっ。」
ビールが数本と、缶入りのおつまみ。手際よく差し出されたそれをがっちりキープする。
ビールを口に運ぼうとすると、佐賀の方は荷台に降りたまま、屋根の上に肘を掛けた。
「あがらんと?」
「狭かし、くっつくぎ暑かろ。おいはここでよか。」
屋根に寄りかかり、片手には飲み物。そんな寛いだ風な立ち姿でそう答える。
「・・・そうね。」
少し寂しい。が、確かに軽トラの屋根は狭かった。体勢を直そうとして、手を屋根へ落とす。と、触れたのは金属ではなくて暖かい手だった。
「あ、ごめん。」
「ああ、こっちこそすまん。」
慌ててくっついた左手を離し、体勢を直しなおす。
一瞬だけ流れた妙な空気についつい無言で花火を眺めていると、屋根にまた手が乗った。その自分より大きな手の上に、なんとなくビールの缶を押し付けてみる。
佐賀の手がびくりと動いた。
「冷たかね?」
「まあな。・・・ばってん気持ちんよか。」
「やろ。」
ぺたん、と口に運ぶついでに佐賀の頬にビールを当てて、また飲みきる。もう一本あけて自分の右手にビールを移せば、左手の用事がなくなった。
屋根の上に手を放り出す。すると、また佐賀の右手に当たった。
当たったついでに握ってみる。手はまた強張って、やがて此方を握り返してきた。
ちらりと目をやれば、佐賀の視線は花火の上がる空に向いている。
だから、倣って空を見た。


仕掛けが終わり、大きな花火も上がり始める。
「毎度見事かなー。」
「そりゃあ、神様に奉納せんばもんね。気合も入るったい。」
「そいもそうか。もう何回目か?」
「んー、・・・300回は続いとっよー。今回は確か、351回目やったねえ。」
空を見上げ、花火談義にも花が咲く。
火矢があがるまで、そうやってすごした。
握り合った手も、そのままだった。

自分で書いた絵に話を補足したのがそもそもの始まり。
初めて書いた四国四兄弟:佐賀さんと福岡さん。
いや、ここまで妄想して絵を書き始めたんだけど、コメント欄書くの1コマ目で挫折したんだよ・・・。
実は桟敷で見たことがないのが水天宮の花火大会。大体渋滞に巻き込まれまくってる間に終わってしまう(いや、渋滞してるからのんびり見れるんだよ)それが花火大会。ただ、佐賀側から行くと、結構田んぼのあぜ道で車とめて見てるのに遭遇するんですよね。ちょっとうらやましかったりします。人ごみはあんまり好きじゃないから、これくらいがよさそうに見えるんですよね。仕掛けはほとんど見えないんだけど。
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