ごはんとかまくら

ジャワッと景気のいい音と共に、黄色い卵がフライパンの中を滑り落ちた。
火は強火。一瞬で固まりそうなそれを、手早くあおって炒めた炒飯に絡める。具材はシンプルにネギと豚コマ。3、4回もひっくり返せばあっという間にチャーハンの出来上がりである。
「ほい、お待ち。」
「おー。カナちゃん手際良いねー。」
静岡の心底感心した声が心地いい。
「まあ、俺だからな!」
言いながら差し出された茶碗にチャーハンを盛る。そして、平皿にひょいとひっくり返して差し出した。
「旗いったっけか?」
「さすがにいいよお。」
皿を受け取った静岡は肩をすくめて笑う。
「持ってっちゃうね。」
「おう、ありがとな。」
後姿に目をやりながら、今度は自分の分だ。平皿に丸い小山がもう一つできた。

こたつに座り込んで、二人で手を合わせる。
「いただきますー」
「いただきます、っと」
口々に言って、さっそく炒めたてのチャーハンに手を出した。
「我ながらなかなかの出来だな」
「そうだねえ、ほんと、カナちゃんこういうの上手だよねえ。」
もぐもぐと頬張って、にこっと笑う。言葉に詰まるくらいに素直な笑顔に、ふいと顔をそらした。
「別に、これくらい当たり前だっての。」
「あはは、照れてる。」
「別にそんなんじゃねえよ!ったく。」
そのまま静岡の方を一瞥もせずにチャーハンに向かう。一口、一口。ぱらりと口の中でほどける感じがちょうどいい。
「えれえれ……あ、雪。」
予想外の単語に思わず顔を上げた。
「へ?」
季節は12月。ただし場所は静岡で、おまけに今日は、寒いとはいっても酷い冷え方はしていない。
「どこだよ?」
「北海道。」
行儀悪く静岡のスプーンが指した先はつけっぱなしのテレビ画面だった。
映し出される一面の白。場面が変わると、層をなして身長以上に積もった雪。
「いいなあ、雪。」
子供たちが遊んでいたのか、真っ白な雪だるま。気象情報は北海道の雪の模様を全国に伝えていた。
「うちもあんな積もったところ行ってみたい……かまくらとか憧れるよねえ」
「山の上の方はそれなりに積もるが、まあ……ああはいかねえよなあ。」
いってもらっても困る、と冷静な部分の突っ込みはなかったことにする。交通の乱れだのなんだの想像するだけで頭が痛い。
テレビはそのうちにまた地元のニュースに変わっていった。
水族館だのなんだの、ほのぼのしたニュースを眺めながら飯を口に運んでいると、ねえ、と静岡から声がかかった。
「見てみて。」
「?」
指さす先にはまだこんもりとしたままのチャーハン。ただしその中身は器用にくりぬかれていた。
「かまくら。」
「飯で遊ぶな。」
ぺし、とチョップを入れる。
「ごめんごめん。つい。」
「全くもう、子供じゃ……」
あったな、と思い直して肩をすくめる。それと同時にそういえば、と思い出した。
「そういや、かまくらはうちに来なくもねえぞ。」
「どういうこと!?」
素晴らしい食いつきで顔を上げた静岡に、落ち着けと手を振る。
「毎年、秋田の奴がかまくらもって体験で来るんだよ。今年は1月下旬だったかな。」
「本当!?本物!?」
「ああ、プロの作った本物だな。行くか?」
八景島だけど、というと、静岡は一も二もなく頷いた。
「もちろんだよ! カナちゃんありがとうっ!」


大きな雪山の上には子供がわいわいと騒いでいた。無論自分のところだって、山のほうはさておきそんなに派手に雪が降るわけではない。これは遊園地のイベントであり、このエリアから外に出ればごく普通に地面が見えている……のだが。
「カナちゃーん、見てみてー!!」
大はしゃぎの静岡の声に顔を上げると、子供に交じって雪山の上ではしゃいでいる静岡が思い切り手を振っていた。
「はいはい、見てるっつの。」
ガキじゃねーんだからよ、と喉元まで出かかったが、よく考えなくても静岡は子供である。少なくとも見た目はあの子供たちに完全に紛れてしまっていた。いつもは年寄りのような顔をしていることが多いのに、こんな時だけ見た目の幼さフル活用である。
「きゃああああああ!」
歓声とともにそばの子どもたちと一緒に雪山を滑り降りる。そしてまたバタバタと駆け上っていく。とても元気だ。
実際静岡の精神年齢は、長い長い付き合いになるが未だによくわからない。少なくとも今は見た目と同等……というかそれより幼いような気がするのだが。
「子供は元気ですねえ。」
やれやれ、と息をついたら隣にいた客から声をかけられた。
「全くっすねー。」
荷物とカメラフルセットを抱えたその姿はどう見ても休日の父親である。
「大変ですね。」
「お互いにねえ。おしゃれな休日の父親なんてどこの世界の話なんだか。」
あっはっははと笑って雪山のほうにもう一度目を向ける。上を見て、下を確認して、周囲を見回して、うげ、と声が出た。
静岡が、いない。
「どうされました?」
「いや、ちょっと連れが消えてて。」
人のよさそうな声にあいまいに頷く。だが、あたりをもう一度見まわしても、静岡の姿はやはりどこにもなくなっていた。
「探しに行くんで、失礼しますっ!」
「おやおや、頑張ってくださいねー。」


休日かつイベント中というのもあり、園内でもこの辺りは人も多かった。雪山の周りには秋田の展示ものやら物産展も開かれていて、さらににぎやかである。
「ったくよお、なんでいきなり消えるんだあいつは!」
雪の周り。いない。展示。いない。物産展。人が多すぎる。
とはいえ、人は多いが比較的範囲は狭い。もう少し背が高かったら見つけやすいのに、などと思いながら静岡の姿を探す事にした。視点を下に合わせて、道行く人にちょこちょこぶつかっては頭を下げて、物珍しそうな屋台からまずは探してみる。横手のやきそば、きりたんぽ。よこまきに納豆汁。片端から美味しそうなのはわかるのだが今はそれどころではない。
どこに行ったんだときょろきょろしているうちに、気づけば物産展を一回りしてしまっていた。なるほど、おしゃれな休日の父親なんぞ幻だ。そもそも子連れでオシャレに決めようというほうが間違っている。ちょっと目を離しただけなのにこのザマなのだから。
ああもう、と顔を上げると、行く先のほうから太鼓の音が響いてきた。太鼓の音がする方はまた人だかりがしている。イベントが始まったらしく、泣く子はいねぇがと声が響いてきた。
泣きたいのはこっちだ。
ひとまずイベントのあっている方を目指そうとすると、後ろから女性の声がした。
「あの!神奈川さん……!」
「ぁあ!?」
余裕なく振り返って、あ、と固まる。
「あのっ、そのすみません!すみません……!」
秋田だった。


「悪かった!すまねえ、なんだ。その、他意はなくってその……」
「いえ、本当に申し訳ねえです、忙しいところなのに、おらなんかが声掛けてしまって」
半泣きの秋田を慌ててフォローに入るのだが、われながらさっぱりうまく行っていない。
「いやいや、秋田が声かけてくれてよかったぜ。こんな所で会えて俺も嬉しい」
やっぱりうまく行かない。うまく行かないが、何とかしなくてはならないのだ。神奈川の矜持にかけて。
「秋田、泣いてる顔は勿体ないぜ、そんなに美人なのに台無しだ。
 ……ところでな、俺、今静岡を探してるんだが。見なかったか?」
「あ。」
ぐすぐすと泣いていた秋田が、そうだった、と涙顔をこちらに向けた。
「静岡さん、今うちのテントに来てるんです。神奈川さんも一緒に来たって言ってたから」
「あんにゃろ。」
それでは見つかるわけがない。
「あのっ、そのっ、おらが声掛けたから……余計な事ばっかりしてすみません、その、静岡さんを」
責めないで、とまた泣きそうになっている秋田に我に返った。
「大丈夫、怒ってねえよ。秋田に会えて静岡も喜んでるんだろ。
 案内してくれるか?」
「あ、はい……。こっちです。」
どう見ても慣れていない人混みを秋田は小さく手を差し伸べながら歩いていく。それを上手く人込みを避けてエスコートしながら、おびえっぱなしの秋田に何とか笑って見せる。
「秋田みたいな美人と一緒に歩けて幸せだぞ、俺は。」
「ひ、ひぃぃ……!?」
……やっぱりうまく行っていないようだった。


「あ、カナちゃーん。」
「……!」
のんきにきりたんぽをかじりながら手を振る静岡にずかずかと詰め寄ると、そのまま肩をぐいっと掴む。
「カナちゃーん、じゃ、ねえだろがお前は……!ふらふらと消えやがって俺がどんだけ探したと……!」
「痛いっ!痛いって!」
声を抑えて目を合わせると、静岡はごめんごめん、と半身を引く。
「その、悪かったって。」
「ほほう。」
「……カナ……がわさんもきりたんぽたべる?」
はい、あーん、と差し出されたきりたんぽには目もくれず、にこっと笑って静岡の目を見る。
「……俺がそれでごまかされるとでも思ってんのか?」
ひき、とひきつった静岡は、きりたんぽをそっと皿に戻すと、がばっと頭を下げた。
「ごめんなさいっ!つい!いっぱいいっぱい珍しかったから!」
「おうともよ、楽しんでくれたようで何よりだ。」
「カナ」
ふわっと上げた顔に待っているのは手刀だ。
「でっ。」
「が。
 いきなり居なくなるなよ!ガキじゃねえんだからよ、せめて一言言ってから行けっつの!俺が!どれだけ!探したと!」
「ごめんよお。反省した、反省したって……!」
「全くっ!」
ひとしきりガミッとかみついたところで、おろおろとした秋田の姿が目に入って我に返る。
しまった。かっこよくてよく出来た自分のイメージが秋田の中でボロボロになったのではないか。
真っ先に頭をよぎる危惧。しかし止まるわけにはいかない。
「秋田、悪かったな。」
全力の丁寧かつイケメン顔で視線を秋田に合わせる。秋田はそのままの状態でフリーズした。
……なんともうまく行かないものである。
「カナ……がわさん。何やってるにー。」
ぺちん、と後頭部に平手が飛んだ。
「でっ。」
「ごめんよお、秋田。カナ がわさん、こういう対応しかできなくってー」
よっこいせ、と静岡にどけられ、体が横にずれる。
「あ、ああぅあ、えと、そのお、静岡、ごめんなあ、おらのせいで」
「ううんー、秋田のせいじゃないってー。」
未だに恐慌状態一歩手前の秋田によいしょ、と手を差し伸べる。その小さな手は、思いっきり伸びて、ぽんぽんと秋田の肩を抱くようにたたいた。長さが足りていないのはご愛敬だ。
「ねえ秋田。さっきの話の続きなんだけどー。本番2月なんだっけ?」
かまくらまつり。その言葉に秋田が、あ、と顔を上げた。
「ん、……だべ。2月の15日と16日……。」
「ロマンチックだよねえ。」
「だなあ。秋田ではこの時期一押しだべ。」
だから、広告も頑張ってるんだべ。ちいと恥ずかしいけど。
はにかみながら秋田は笑う。静岡にはこんな顔を見せるのは静岡の見た目のせいだろうか。
「ねー神奈川さん?」
ひょい、と静岡がこちらを向く。
「なんだ?」
秋田をおびえさせないよう、極力穏やかに応じる。
「行かない?」
キラキラした、何かを全力でねだる時の瞳だった。
「秋田んちか?」
「うん。」
子供のような静岡のこの瞳。見上げられると、無碍に断るのは人道に反するのではないかとすら思える。慣れなかったらまず断れない。
「唐突だな?」
しかし自分は慣れていた。割と。比較的。
「だって。かまくらだし。雪だし。ほら、灯篭とかもあるんだよーきれいなんだよー」
手元にあったパネルをほらほら、と見せる。闇夜に浮かぶ雪灯篭の群れは、見慣れない大雪と相まって幻想的にパネルに収まっている。
そういえば展示もされていたっけ、と思い出した。あの時は静岡を探していたせいで綺麗とか思う暇はなかったのだが、改めてみれば確かに素晴らしいし、ムードもよさそうに見える。
「ねえ。まだお宿は空いてるって。ねえ?」
雪だよ?かまくらだよ?いっぱい雪が降るんだよ?こんな雪まつりこっちじゃ山の方でも厳しいよ?ねえ?
小さな体いっぱいに、行きたい、の気持ちを表してこっちを見上げる静岡。
そして、その隣で、どうしよう、という顔でこちらを見ている秋田に気づいたとき、自分の道は一つしかないのだと悟った。
ここで断って、これ以上秋田の顔を曇らせるわけにはいかない。
はあ、と一息ついて、秋田のほうに向きなおる。
「秋田、そっちに行くのに用意しとくものとかあるか?」
「やったあ!!」
「神奈川さん、来てくれるんだべか?!」
大喜びの顔と驚いた顔がこちらを向く。
「おう。秋田は毎年来てくれてるってのに俺はあんまり行ったことなかったからな。
 静岡も行きたがってるし丁度いいかと思ってな。」
「うんうん、ちょうどいいにー。」
カナちゃん大好きー!
静岡の豪快な言葉とハグの大安売りを、へいへい、と押しのける。
「あ、えっと……、そう、雪だから!おらがとこ来るときは、防水しっかりした、溝しっかりついた雪靴で来て下さい。」
「雪靴?」
聞き返すと、秋田は、ええと、と少し目を上にさまよわせた。
「防水仕様で滑り止めのちゃんとついた靴……です。滑ってこけたら危ねえですから。あと、ここよりずっと寒いんで、防寒もきっちりした方がいいです。」
「防水の靴と防寒、か。わかった。15日な、そっちで会おうぜ。」
今度こそにこやかに手を差し出す。秋田は、え、え、と面食らったようだったが、おずおずと手を差し出し、その手を握り返した。
「ありがとうございます。案内するんで、来たら連絡下さいね。」


「カナちゃん。即決してたけど、仕事は大丈夫?」
雪〜かまくら〜とスキップしていた静岡が、そういえばと振り返った。
八景島からの帰り道。秋田から地図と宿のリストをもらって、来月の予定は静岡と一緒にかまくら見物である。
「大丈夫だ。その日は大体あけてある。お前こそ大丈夫か?」
とはいえ例年14日の夜に放り込んでいた予定も今年は久々にキャンセルを入れることになりそうだった。お土産くらいは買っていくかな、などと思ってみたりはするものの、まあ先方も気にしないだろう事は予想に難くない。
「大丈夫。うちも15日は大方あけてるし。」
にこっと笑った静岡は無邪気なものである。
「かまくら楽しみだね。」
雪〜かまくら〜とスキップがまた始まる。こうしていると完全に子供だ。
「おう、楽しみだな。」
応じて、静岡の頭をぐいぐいと撫でた。
「ちょ、カナちゃん、いきなり何するの。」
半分驚き、半分抗議の声にふふんと笑って見せる。
「子供にはこうするもんだと思ってたぜ?」
「お姉ちゃんにそういう事するもんじゃないよお」
撫で返してくれると言わんばかりに静岡は背伸びするが、まあ届くわけもない。お構いなしにぐしゃぐしゃと頭を撫でてやる。
「ひゃあーやめてってー!」
「どうすっかなー」
「かーなーちゃーん!」
わいわいと騒ぎながら先へ進む。冬の短い日はもうずいぶん西に傾いてきていた。


字書きで文章交換しようぜ!ていうのに提出したもの。
お題が「ごはん」と「かまくら」でですね。かまくらどうしようか悩んでイベント調べてたら神奈川さんちでかまくらイベント毎年やってて吹きました。静岡さんが絶対遊びいってるんじゃないかしら。
先方が書いておられた奴がですねものっすごい力作で、ちょっと出すのずいぶん恥ずかしかった記憶があります。でもまあ、私が書いてもかなしずはどうころんだってかわいいんですよね。うん、いいことだ。
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