はるかぜ

「おじゃまするよー。」
そう言って部屋に上がった静岡を待っていたのは、ベッドに沈んだ神奈川の姿だった。
「こんちわ、カナちゃん。大丈夫?・・・じゃなさそうだねぇ。」
「うるせ」
返事は、げほげほと咳き込む声に取って代わられた。
「まぁ良いよー。ほら、薬持ってきたで、飲もうか。後は暖かくしとけば治るってー。」
枕元にほい、と薬を置く。
「あとはおかゆでも用意しとっかあ。台所借りるよー。」
勝手知ったる他人の家だった。台所に向かい、ひとまず持ってきた残りご飯を鍋に放り込む。塩で味をつけ、やわらかくなるまで煮れば、簡単おかゆの出来上がりだ。
ついでにポットと、目に付いたところで飲みものも準備しておく。
ほいほいとよそって寝室に戻ると、神奈川はベッドに寝そべったままで薬の袋を睨んでいた。
「カナちゃん、飲んどくようにって言ったじゃん。」
全くもう、とため息をつくと、だってよ、とむくれる。
「・・・これ、すげぇ苦い奴じゃねぇか?」
「苦くて何が悪いんかに?良薬は口に苦しっていうじゃんかぁ。」
さっさと飲め、と袋を押し付けると、神奈川の表情がさらに曇った。
「・・・もうちょい選んでこいよ。」
「選んださぁ、一番効くの。早く治したいんだら?」
紙に包まれた粉末の薬を取り出して見せる。
「たったこんだけだに。」
しかし、神奈川はまだ渋る。
「・・・苦いんだろ。」
「竜胆並みって聞いたけんど」
「嫌だぞ。」
全て言う前に、ふいとそっぽを向いてしまった。
「まぁた子どもみたいな事言ってー。」
「嫌なもんは嫌だ。」
ベッドにもぐって、壁のほうに向いてしまう。おもわず肩をすくめてしまった。
これが自分でなくて、山梨やら東京やらなら、多分意地とプライドにかけて飲んでしまったんだろうと思うと、なんともいえない気持ちになる。
要するに甘えているのだ。
・・・これは持久戦になるかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。
「仕方ないねぁ。
 ・・・とりあえず、冷めちゃったらおいしくないもんで、おかゆ食べよーか。」
まだ湯気の立つおかゆを差し出すと、神奈川はちらっとそれを見て、のろのろと身体を起こした。さじと椀を渡すと、悪いな何ぞと言いながら、少しずつ食べていく。
「それ終わったら」
「嫌だぞ。」
即答だった。
やれやれ、と息をつく。それなら飲み物でも飲みながら待つとしよう。
おかゆを食べている横で、ポットに手を伸ばす。
湯飲みに入れるのは、お茶ではなくて、台所で見つけた桜の塩漬け。知ってはいるがあまり馴染みがないので、少し味が気になったのだ。好奇心のなせる業と言う奴である。
お湯をかけると、ふわりと桜のいい匂いが広がった。次第に桜の花弁がふわりと浮いてきて、まさしく春の風情である。味は・・・と、口をつけようとして視線に気づいた。
「どしたんだに?」
「桜湯か?」
いつの間にやらお椀はベッドサイドに置かれ、視線はふわふわと桜色が浮く湯飲みの中に注がれていた。
「そーだら。台所にあったもんで、勝手にもらってたよー。」
頷くと、俺も、と手が伸びる。少し考えて、その手をはねた。
「何だよ。」
「薬飲んだらあげる。」
そう言いながらもうひとつ桜湯を準備して、神奈川の手の届かない端へ置いた。
「さっさと飲もーか。苦いのなんて一瞬だってー。」
「嘘つけ、あとで舌が苦ぇじゃねーか。」
「桜湯で流しちゃえば良いよー。おかゆの残りかきこんでもいいし。」
「でも」
それでも神奈川は渋る。
仕方ない。最終手段に訴えようか・・・と携帯に手を伸ばすことにした。電話を片手に聞いてみる。
「山梨でいいかに?」
「どういう意味・・・!?」
いきなり大声を出そうとして、また神奈川が咳き込んだ。
「カナちゃん、駄々っ子みたいだからちょっと手伝ってもらおうかと思ってー。」
薬をちらつかせると、さらに嫌そうに顔が引きつる。
「東京さんは忙しいってカナちゃんいつも言ってるから、山梨にしよーか、って。」
「いらねえよ!」
げほげほと咳き込む中で、それだけは即答された。
「じゃぁ飲む?」
薬の包みと水を差し出すと、うぐ、と表情が固まる。しかし、結局神奈川はそれを奪い取った。
「わかったよ、飲めばいいんだろ飲めば!」
「最初からそう言ってるだに。」
顔をしかめながら飲むのを待って、すかさずコップと交換で桜湯を渡す。
「うげ・・・苦くて、桜湯の味わかんねぇ・・・。」
げんなりした表情ながら、きちんと薬を飲んだだけまあ褒めてもいいだろう。
「飲みなおす?」
湯飲みを受け取って聞くと、神奈川は頭を振った。
「・・・食後でいい・・・。かゆ取ってくれ。」
「はいはい。」
ほい、とお椀を渡す。そしてしばしの無言の時間の後、なんとか飲み込んだのか、お椀が戻ってきた。交換で用意していた湯のみを渡す。
「ほら、桜湯。」
「うぅ・・・。」
少し飲んで、ふうと息をつく。
「・・・しずのせいで疲れた。」
開口一番文句が飛んできた。
「カナちゃんが騒ぐからだで。」
肩をすくめるしかない。
「でも、とりあえずあとはあったまって安静にしとけば良いよ。」
薬は飲んだ。食欲もないわけでは無いし。思ったよりも話も出来て、実はほっとしていたりもする。多分、もうそんなに心配はないだろう。
「じゃ、うちも帰ろうかね。お湯のみちょうだい。」
よっこいせ、と立ち上がって手を差し出す。しかし湯飲みは返ってこない。
「もう帰んのか?」
「うん、台所にまだおかゆあるから、また食べとくといいよー。お薬も置いておくから」
「居ていいんだぞ。」
熱っぽい手が、差し出した手を握った。その力は強くなく、拘束力も特にないのではあるが・・・長年の付き合いから翻訳すれば、つまり、居て欲しいという事である。
「・・・そうだねぇ。」
さすがの神奈川も少し気が弱くなっているのか、と、ふと思った。元来の寂しん坊が少し強くなっているのかもしれない。そもそも一人で病床に居るのは結構辛いものである。
「じゃあ、居ようかね。」
だから、そう言ってまた腰を下ろした。
「ああ、遠慮すんなよ。」
湯飲みは、ほっとしたような声と一緒に返ってきた。脇のテーブルに置くと、また神奈川はもぞもぞと身体を横たえる。
「しず、手、だせよ。」
「?」
ほい、と手を差し出すと、熱っぽい手に握られる。
「お前の手、冷てぇ。」
「カナちゃんが熱あるからだに。」
「寝る。」
返答の変わりに宣言が来た。
「はいはい。」
手を渡したまま、静岡もベッドに寄りかかる。
「お休み、カナちゃん。」
返事は無い。力を抜いて、ふぅ、と息をついた。
辺りの空気は、すっかり春の香りになっていた。



あなたは「竜胆」「バトル」「桜の花びら」の三つを織り交ぜたかなしずの作品を創作してください。 http://shindanmaker.com/68710 #CP_Chara_sousaku とかいうのが出てきたので、試しに書いてみたら、物凄く普通の看病ものになったという話(苦笑)しかも桜の花びらのおかげでものすごく季節外れです(書いたの1月)
でも、結構楽しかった、かも。カナちゃんがやたらかわいくなっちゃった気はしますけど、そんなもんだと思ってる自分も居ます・・・
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