土曜日である。
静岡は、ひなたぼっこと換気がてら、縁側でプラモデル作成に当たっていた。
なんとなく、なのだが。こういう細かいものつくり作業は非常に肌に合う。パーツを切り離し、一つ一つやすりをかけていく。塗装も抜かりない。
「なかなか上出来だねぁー。」
形になったプラモデルが、新聞紙の上に鎮座した。あとは少々汚れをつけてやれば、いい感じに味も出るだろう。
一息ついて時刻を見れば、すっかりお昼である。
台所には昨日のおでんの残りがあったはず。お茶ご飯も炊いてあったから、昼はそれでいいだろう。よっこらせ、と見た目に似合わぬ声を出して、立ち上がる。
おでんを温めなおしながらお茶を確認し、ついでに棚のおやつも確認しておく。どれも二人前はあった。とりあえず、今日のところは大丈夫だろう。そこまで確認して、またお茶に手を伸ばす。
と、家の外から、どたばたと聞きなれた足音が聞えた。
「・・・おや、来たねえ。」
ちょっと早いか、ちょっと遅いか、微妙なところである。
「しずー、いるかー!いるんだろー!」
おじゃましますも何も言わず、どたばたと足音が上がりこむ。毎度おなじみの音。恐らく間違いなく神奈川だ。
「はいはい、いるよぉ。カナちゃんも、相変わらず騒々しいねえ。」
のんびりと用意するお茶は、予想通り二つに増えた。
居間に行こうとすると、此方を探していたらしい神奈川とはちあわせる。神奈川はいつもの洒落たスーツではなく、なんとも家の中仕様の普段着で現れた。
「居間で待っとけばよかっただに。」
「お前が出てこねーからだろ!」
間髪いれない文句も、慣れきってしまったものである。
「返事はしたよぉ。それに、今からお昼ご飯だで。」
残り物のおでんなんだけど、カナちゃんもたべる?
そう聞くと、神奈川はう、と詰まった顔をした。
「く、食ってやる!一人で食わせるのも気分悪ぃからな!」
・・・よくわからない理屈である。が、まあ、神奈川の態度としてはさほど間違っていない。いつもの事だ。
「そーかい。じゃぁ、とりあえず居間にお茶もってってよ。」
ほい、とお茶を渡すと、神奈川は面食らったような顔でこちらと二つの湯のみを交互に見つめ、そしてくるりと居間に引き返した。
行ったのを確認して台所に引き返す。温まったおでんは、もう鍋ごと持って行くほうがいいだろう。先に食器の用意をしてしまうか・・・と食器棚を空けると、また神奈川が入ってきた。
「しずー」
「カナちゃん、次はこれ。」
がちゃ、と背伸びして二人前の食器を渡すと、神奈川が眉をしかめた。
「いちいち人を使うんじゃねーよ。」
「カナちゃんが居間に戻るならついでだに。」
手伝いたくないのなら来なければいいのに、それでも台所に来るのは・・・まあ、わかってはいるが、本人に言ったら怒るだろうから言わないでおく。要するに、大きくなった割にはいつまでたっても子どものままだということだ。台所まで二回も来るということは、何かあったのだろう。
手元の食器をしばらく見つめていた神奈川は、またくるりと居間に引き返した。
二人前のご飯をついで、居間に運んで。鍋を抱えて、居間に運んで。いただきます、と手を合わせる。
「でー、今日は何があったんだい?」
はんぺんをほお張りながら聞くと、神奈川は不機嫌そうに大根をつつく。
「何もなかったら来ちゃいけねーのか?」
「そうじゃないけんど。何か面倒な事でもあったかね、って思っただけさぁ。」
つづいて味のしみたたまごをひっぱりだす。
「面倒な事ならあったぞ。しずに昼食の準備手伝わされた。」
「ああ、そうだったねえ。カナちゃん、手伝ってくれてありがとうね。」
「お、おう。・・・じゃなくてだな!なんで客に手伝わせるんだよ、なんかもう少しやりようがあるだろ、大体お前は・・・」
あとは、いつもどおりだった。
ひたすら続く文句だのなんだのを受け流しながら、お茶を出してみたり、ご飯を食べてみたり。ご馳走様と箸を置く頃には、神奈川の愚痴も大分収まっていた。
「まあ、カナちゃんはお客と思ったことはあんまりないよー。」
「どういう意味だよ。」
ぶう、とむくれる神奈川に首を振る。
「お客さんは、ちゃんと挨拶してから家に入ってくるもんだに。カナちゃんは自分ちみたいにそのまま入ってくる。だけん、カナちゃんはお客さんじゃないよ。」
お客さんではないのなら手伝ってもらっても大丈夫、と、言ってみた。「それなら俺今度からお客さんやる」とかなんとか言い出すんじゃないだろうかと、そんな予想をしながら。
ところが。
「・・・そうだな。」
あっさり認めてしまった。
・・・これは重症なのかもしれない。山梨あたりにも連絡を入れたほうがいいだろうかと、そんな考えも頭をよぎる。
「・・・えーと、カナちゃん?」
恐る恐る声を掛ける。
「何だよ。」
少々不機嫌そうな返事とともに、神奈川は畳の上に転がった。
「カナちゃん、食べてすぐ寝たら牛になるよ。」
「ならねーよ。」
「なるよー。ほら、起きて。」
傍によって肩を叩く。と、逆に自分の背に手が伸びた。ぐい、と視界が動く。
「・・・っ。」
そのまま、自分も突っ伏していた。
「・・・カナちゃん。」
声は篭った。神奈川の胸に顔を押し付けられているのだ。おまけに背に回った手は妙に力強くて、顔を上げる事すら許してはくれない。
「どうしたんだに?」
「・・・別に。」
何もないのにこれはない、と、さすがに思った。それが伝わったのか、腕の力が緩む。ひとまず顔をあげた。ぷはぁ、と息を継ぐ。
と、下のほうから小さく声がした。
「しず。・・・しずは・・・」
つぶやくような声は、別に此方を呼んでいるわけではないだろう。
ただそれは、大昔聞いたことのある声音・・・小さかった神奈川が自分を呼ぶ声と同じだった。
怖い夢を見たのだとか、何か寂しくなるような事があったのだとか・・・そんな時に聞いた記憶がある。
さすがに少し驚いた。しかし、大きくなったところで変わらないのだと、妙なところで安心もする。
それに、それなら扱いは心得ていた。伊達に何千年も付き合っていない。
もそもそと移動し、神奈川にくっついて寝転がる。
「うちはここにおるよ。」
大丈夫だで。そう囁いて、きゅう、と抱きつく。
千年くらい前には日常茶飯事だった。最近は滅多になかったのだが、・・・まあ、そう言う事もあるだろう。いくら神奈川の体が大きくなったと言っても、あの頃からまだ千年しか経っていないことではあるし。
少しすると、神奈川の腕がかぶさってきた。それは、一度ひくりと逃げて、また体を抱きしめる。
「・・・お前、小せーな。」
頭の上から声が聞こえてきた。
「カナちゃんが大きくなっただけだで。うちは、変わってないよ。」
それに、神奈川だって変わっていないところは結構ある。例えば、昔と変わらず身体は温かい。くっついていると妙に眠くなるのも以前と同じだ。
「お前もでかくなりゃいいのに。」
「・・・うちは変わらないよ。」
もう一度言って、目を閉じる。
「変わらないで、・・・ずっとカナちゃんの隣におるよ。」
ゆっくりと息をする。以前と同じだ。眠気も有無を言わさず襲ってきた。・・・以前と同じように。
「・・・本当に、変わらねーよな。」
意識の果て。
ため息だか笑い声だかわからないものが、聞こえた、気がした。
神奈川さんと静岡さんの頭の中のイメージは、田舎のおばーちゃんとおばあちゃん子の孫だったりします。実際は違うんでしょうけど、どうにもそんなイメージ。静岡弁のせいかなあ・・・。