お出迎え

鹿児島と岐阜は姉妹県である。
経緯は、江戸時代に鹿児島が木曾三川の治水工事という難工事を幕府から命じられ、多大な犠牲を払って成し遂げたことに由来する。岐阜たちはそれに感謝し、薩摩藩士、いや、薩摩義士の偉業をたたえ、その精神的な絆を元に姉妹県盟約を結んだのだ。

だから、岐阜は鹿児島が大好きである。
鹿児島が岐阜の家に着くと、いつだって小さな岐阜が一人、ぱたぱたと寄ってくるのだ。
鹿児島!鹿児島じゃあ!ようきたなー!と。
すると、その声に反応するように、どこからともなくわらわらと他の岐阜たちが現れ、鹿児島!ようきたなあ!等の声と共に、寄ってくるのだ。そして、1分もしないうちに、鹿児島は一杯の岐阜に盛大な歓迎を受けるのである。
小さな体の岐阜も、大量に抱えると結構な重さなのだが、屈強な鹿児島のこと、その程度ではびくともしない。
「熱烈歓迎なあ。」
そう、のほほんと笑って、家に上がるのだ。
岐阜たちは甲斐甲斐しく鹿児島をもてなし、その膝に乗ってみたり肩に乗ってみたり、話をしたりして時を過ごす。
盟約を結んで四十年。
鹿児島と岐阜たちは今も変わらず仲がよく、交流も活発に行っているところだった。

ある日。
鹿児島が岐阜につくと、物陰から小さな岐阜がひょこりと顔を出した。
あ、鹿児島!鹿児島じゃな!よう来たー!……と、ぱたぱたと駆けてくる。
声に反応して他の岐阜たちもわらわらと現れて駆け寄ってきた。
鹿児島、ようきたな!鹿児島、今日はどこに寄ってく?かごしま!かごしま!……と、熱烈歓迎である。
しかし、鹿児島はそれに違和感を覚えた。むう、と考える表情になった鹿児島に、岐阜たちは心配そうな顔で問いかける。
どうしたんじゃ?
なにがあったんじゃ?
うちらに何かできる?
「いやいや、そげん気を遣わんでよかど。」
見上げてくる岐阜たちの顔を眺めて、鹿児島は曖昧に笑う。
でもでも。でも。
変わらず心配そうな岐阜たちにどう対応したものだろうか。そして、この違和感の正体は何なのか。
「うーん……」
もう一度見回して、そしてふと気がついた。
「もそいどんて、今日は誰か足いておらんのではあいもはんか?」
そう聞くと、岐阜たちは顔を見合わせる。
飛騨はみんなおる。
東濃もみんなおるで。
中濃はちょっと足りてへん。
西濃もや。
どの辺が居らへんの?
わらわら、わいわい、こそこそ。
あーもう、訳わからへん。みんな整列ー!
収集がつかなくなってきたところで、岐阜が一人、ぴっと笛を吹いた。
ピーッピッ!ピッピッピッ!
ぽかんとしている鹿児島のまえで、マーチングの笛のような音が響いて、岐阜たちはわらわらと移動を開始する。そしてすぐになんとなく整頓のついた形にまとまった。
可児たちがおらへん。
可児らは愛知に行ってるでよ。
海津の方が一人おらへん。
海津は今怪我で休んでるで。
わらわらわら。
話を総合すると、愛知に行っていて居ない岐阜と、怪我をした岐阜がいるらしい。
「その、怪我した岐阜は?」
聞いてみると、あっちの部屋で休んでるんや、という。この間の洪水で少し怪我をしてしまったと言うことらしい。
こっちこっち、とひっぱる岐阜、やめとき、ととめる岐阜。
「それなら、あたしもお見舞いに行っもそか。」
そう言うと、じゃあこっちやで!と元気よく岐阜が案内に立った。いこまい、いこまい、と、一杯の岐阜に流されるように先に進む。
行った先には小さな部屋。
海津ー。起きとるー?
岐阜が声を掛けると、起きとるで、と声が返ってくる。
その声に、はっきりと覚えがあった。
いつも、鹿児島が岐阜に来た時に真っ先に出迎えてくれる声。
「ああ、なるほど。」
違和感の全てに納得した。思わず声に出すと、その声が聞えたか部屋の中からびっくり声が飛んでくる。
鹿児島!?鹿児島ー!ようきたなー!
声の響きもイントネーションも、まさしくそれだった。
入って入って、の声に、それならば、と部屋へ入る。
小さな部屋で、その岐阜は背もたれに寄りかかるようにして座っていた。少し髪が長い。どうやら女のようだったが、間違いなく、いつも真っ先に出迎えてくれる岐阜だった。
「ごめんなあ、ちょっと足やってしもうて、今動けへんかったんじゃ。」
「いやいや、こっちも急にきてすまんかった。大丈夫じゃろか?」
「大丈夫、慣れとるでよ。ありがと。」
岐阜はそう言うと、嬉しそうに笑う。
わらわらざわざわとしていた岐阜たちも、少しずつ引いて行った。
けが人のとこに一杯おっても迷惑やし、ちょっと席外すで。
ゆっくりしていき。
でもあんまり無理させせんようにしてや。
鹿児島さんなら大丈夫やで。
口々にそう言って、さあっと引いて行く。
「あー、気ぃ使わせてしもうたなあ。」
困ったな、という顔で岐阜が苦笑いする。
「岐阜の結束力は強かなあ。」
「だってうちらみんなで岐阜やもの。」
そう言ってにこっと笑う。
「でも鹿児島。岐阜はいっぱいおるでよう、何人か抜けたってわからへんはずやで?うちが寝とるって、ようわかったねえ。」
首をかしげる岐阜に、ああ、と頷く。
「いつもと出迎えの顔が違ったでわかいもした。」
そのとたん、岐阜の表情がぱっと明るくなった。
「うちのこと、わかってはったん?」
「正直全員はわかりもさん。ばっち、おはんのこたぁいっつも出迎えてくっちゅうで、覚えていたごとござんで。」
そうなん、と、岐阜は嬉しそうに笑う。
「岐阜では何ち呼ばれておいもすか?」
「うちは海津の方やで。」
「ああ……!そうでありもしたか。」
覚えのある地名だった。最大の難工事だった油島のあるところだ。日向から取り寄せて植えた千本松があり、薩摩の義士たちを祀ってくれていた、あの場所。
「覚えておいもす。いつも歓迎してくれてあいがとう。」
「ううん。」
首を振った海津は、よいしょ、と歩き出そうとする。鹿児島は慌てて手を差し出した。
海津の方はといえば、よてよてとバランスを崩しながら1歩、2歩と進む。
「無理はせじ」
「大丈夫じゃ。」
三歩目で、ぱたんと鹿児島の胸に倒れこんだ。鹿児島もそれを受け止める。
えへへ、と照れたように笑った海津は、飛び切りの笑顔で、鹿児島、と呼んだ。
「なんであいもしょ。」
「ようきたなあ!こんなんで悪いけど歓迎するでよ。」
「それはそれは……あいがとう。」
鹿児島はそう言って海津を抱き上げると、笑って頭を撫でる。
「鹿児島を独り占めって、なんか贅沢な気分じゃ。」
「そげなもでしょうか。」
「せや。大垣に言ったらきっとうらやましがるでよう。」
そう言って海津は笑った。
「うちのこと覚えててくれて、本当にありがとう。」
しがみ付かれた胸から聞える、可愛らしいくぐもった声。
「鹿児島、大好き。」
ぎゅうっとしがみ付いた海津はそう言って幸せそうに笑ったのだった。


方言はもうほとんど放り投げました……異国語にもほどがあった。
個人的事項で申し訳ないのですが、男の人に、女の子が助走つきジャンプで抱きついてたりしたら可愛いなあという個人的に好みなシチュエーションがありまして。
告白は「愛してる」より「大好き!」の方が可愛いなあという個人的好みがありまして。
適用して嵌りそうな人たち居ないかなあと考えてたら、鹿児島と岐阜でいいんじゃね?と思いまして(……)でも、いざ書いてみたら岐阜がなんだか可愛かったのでこれはアリかもしれないと一人納得。
調べたところによると、海津は霧島と、大垣は鹿児島と、それぞれ提携しています。交歓会や人材交流も活発にあってたりして、本当に仲が良くてびっくりしました。
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