討入顛末

「っちゅーか、ええかげんにせい、んな時間に起こすな!!」
寝起きの不機嫌で、言いたいだけ言って一方的に電話を切った。怒りと眠気の戦いは、今回は眠気の勝利である。
受話器を放り出して、また寝床に戻った。目を閉じて、すぅ、と息を吐いて。神戸の電話など忘れ、あっという間に眠りに落ちていく。……はずだった。
また鳴り響く電話。
無視してやろうと布団にもぐりこむ。しかし、音は止まる気配を見せない。うるさい音が鳴り続けたせいか、目まで覚めてきた。それとともに怒りも沸きあがる。
「えー加減に」
「播磨!はよ来てっ……。」
縋りつくような声に、勢いがそがれた。
とはいえ。
大体いつもこちらの事は見下したように扱うのに、なんでこういうときばかり他人の迷惑顧みず、夜中にたたき起こすのか。
正直に言わなくても、他人の夢なんぞ知った事ではない。そんな事で起こされるなど、不愉快以外の何物でもなかった。こっちは寝ていたと言うのに。
これはもう、一発か二発か三発以上ぶん殴らねば気がすまない。
力が入ったか、ばき、と指が鳴った。
「……よしわかった、安らかに眠らしたる。」
五分前に言った言葉を繰り返し、電話を切る。


「おい、来たったど、開けぇ。」
「来てくれたん!?」
部屋前で声を掛けると、すぐにドアが開いた。
「遅いやん!なんですぐ来へんの!?」
その言葉に、右の拳を握り締める。
「わりゃ夜中に呼び出して、言う事はそれだけかい!あぁ!?」
襟首掴んでやろうかと手を伸ばすと、その手は届く前にすり抜けられてしまった。代わりに、どん、と抱きつかれる。
「待っとったん!待っとったんよ……!」
神戸はそう、声と肩を震わせる。あまりの事態に、伸ばした左手からも拳を作った右手からも、力が抜けていった。
「……なんなんや、一体……
 おーい、淡路。何なんじゃこりゃぁ。」
手持ち無沙汰の右手で神戸の頭を撫でながら、淡路を呼ぶ。淡路はちょこちょこと出てくると、ふわぁと小さなあくびをした。
「知らん。何か怖い夢見とったみたいやけど。」
うなされよってん。そう言って肩をすくめる。
「ひとまず中はいりー。」
「ああ。ほれ神戸、中入るで。」
一目で涙目とわかる神戸を促して部屋に入る。相変わらずの女全開の部屋を見回し、とりあえず座れそうなところでソファに陣取る。隣に掛けた神戸は、下ろしていた腕に抱きついたままだ。
「播磨ぁ、……あんた、何処も行かんでよ。」
「今全力で部屋帰りたいわ。」
淡路に視線で助けを求める。しかし、既に布団に逆戻りしていた淡路は、首をかしげて肩をすくめるだけ。
「まあ、頑張りー。」
それだけ言って、もぞもぞと布団にもぐっていく。助ける気0である。どうやら放置で良いと判断したらしい。
「何を頑張れちゅうんじゃ。」
隣を見れば、神戸はまだ懐かしのダッコちゃん人形のごとく自分の腕にくっついている。
「離れぇ。」
「嫌や。」
即答。腕を動かしてみるが、神戸も一緒にくっついてくる。
「夢ごときで夜中に人を呼び出すな。」
「せやけど怖かったんやもん。」
ぶすっと言って、ぎゅうとくっつく。
「幽霊にでも追っかけられたんやろ。」
「……そんなんやない。」
だったら何なのだ。どう聞いたってくだらない事に違いない。なんで自分はこんな奴の相手をしているのかという疑問がよぎった辺りで、神戸がまた口を開いた。
「播磨。何処も行かへんよね?兵庫からおらんなったりせぇへんよね?」
言う事がまた、突拍子も無い。
「何アホな事言いよるんじゃ。」
そりゃあ、独立できるものならしたかった。ここに居るくらいなら岡山に行ったほうがまだマシかもしれないと思った事だってある。
……が。
「今んトコ、俺の家は兵庫や。ま、追い出すつもりなら喜んで出てくけど。」
「追い出さへん。追い出さへんから、兵庫に居ってよ。」
神戸の声は妙に真剣で、殴るに殴れない。扱いに困る。
「わえホンマ何言いよんじゃ?」
「一人にせんといて。」
やっぱりわからない。
「淡路もおったやろ。呼べば、俺だけやない、丹波だって但馬だっておるやんか。」
「居らんなったりせえへん?」
「今んとこその予定はあらへんな。」
先は知らない。が、言ったら面倒な事になりそうだと勘が告げていた。
「わかったらさっさ寝ぇ。俺は眠いんや。」
「うん……。」
声とともに、ぎゅう、と腕を抱きしめられる。顔を向けると、泣きそうな上目遣いと目が合った。
「泊まってくよね?」
理由はわからないが心細いらしい。都合のいいときばかり頼ってくるなとは思うが、まあお互い様である。
「寝るトコあるな」
「今準備する。居らんならんでよ。」
全て言い終わらないうちに、答えが返ってきた。神戸の部屋に入って初めて、神戸が自分から離れる。
呆れ半分で眺めていると、ばたばたと布団を敷いている場所は、神戸の隣。
……これは相当だ。
「淡路ー……狸寝入りじゃろー、答えぇ。神戸これ、どうなっとんのや。」
寝ている淡路に声を掛けると、案の定しっかりした答えが返ってきた。
「うちは寝とるから知らんー。まあ泊まってきー。」
淡路に突っ込みを入れようとすると、神戸がくっついてきた。
「準備できたで!寝るから一緒に居って!」
「……わえ、他所の男にんなことしとらへんやろなあ……?」
「するわけあらへん。何ゆうとんの。」
頭が痛い。眠気のほかにも何か原因がある気がする。
結局、神戸に引っ張られるようにして布団に入ることになった。自分の左手に懐いていた神戸は、しばらくすると寝息を立て始める。ただし、左腕はがっしりホールドされたまま。
人を振り回すにもほどがあった。
「淡路ーおーい。」
「うちは寝とるー。」
食えない。淡路の言う「自分が長女や」は案外間違っていないかもしれないとふと思う。
「……次は俺やなくて丹波か但馬に頼むようゆうてや。」
「そんなん神戸に言いー。お疲れさん播磨ー。」
お休み、と。淡路はころりと寝返りを打った。もう寝ると決めたらしい。
未だ抱きつかれたままの腕を動かしてみると、神戸も一緒にくっついてきた。ただ、これがもう少し柔らかい感触でもあれば、と思ってしまうくらいに何もない。
豪奢な格好をして、他人を顎でこき使って、女王様もかくやの振舞いをしていても、この辺、一緒になった頃と変わりない。背は伸びたような気がするが、隣に寝ている神戸は、なんだか全体的に小さく感じた。
「都市っちゅうんは、寂しがりなんかなあ。」
なんとは無く呟く。
「人おらんと生きていけへんし、人に忘れられたら死んでしまうやん。」
幼い声がそう返した。
「……まあなあ。」
淡路の言葉に息を付く。
「基本的にうちら皆、寂しがり屋やで。」
確かにそうかもしれない。
「でも、これ何かベクトル違う気ぃするわ。」
「せやな。まあ、神戸やから。」
今は妹なんやろ、と。そう言われれば納得するしかなかった。淡路の言う事はいちいち尤もで、だんだん諦めが付いてくる。
「しゃーないっちゅー事か。まあ、神戸やしなあ。」
貧相な小娘だった神戸をここまで育て上げた自覚は、まあ無いではない。
「やれやれや……。淡路、お休み。」
「うちはもう寝たー。」
「ああ、盛大な寝言やったからわからんかったわー。」
はあ、と一息。隣は気楽なもので、腕にしがみ付いたまま夢の中だ。
大都市になり、発展して、女王様のような振る舞いまで身についた。しかし、中身はこの通り。
「ええかっこしーめ。」
空いた手で、神戸の頭を撫でる。神戸は何か言いながらくっついてきた。
見栄っ張りで、他人の迷惑顧みず、女王様で、甘ったれで生意気で。
でも、頑張り屋で美人の、我が家自慢の妹だった。




関西弁難しいよ!播州弁粗っぽいって言うけど、全然それっぽくならなかった・・・。
うちトコ2巻読んで、一番ときめいたのは播磨さんでした。そもそも好きっちゃ好きだったんですけど。やっばいあのツンデレ兄ちゃんいい奴過ぎる。
よくよく考えたら、播磨(というか姫路)が兵庫第二都市ってこともあってか、神戸に何かあったら一番怒ってるのも一番一生懸命になってるのも、なんだかんだで播磨な気がする。
その代わり、一番神戸に反抗するのも播磨・・・というか、播磨の家を無理やり増改築して神戸たちが同居する事になった、ような感じなのかな、兵庫って。
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