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Together

ヨシュア&エステル
軌跡終了後。今日もコンビで依頼を解決していた二人だったが...
一生やってろ。(←心の底からの叫び)
5555のキリ企画のリクエストにお応えして書いてみました。「軌跡終了後で甘くて幸せなヨシュエス」のつもりです。気持ちだけは精一杯込めてみました。
2ND出てない状態でこんな先走ったもの書いちゃっていいのだろうかとは今でも思ってますけど・・・捏造全開です、多分。そして、気がついたら二人とも別人28号でごめんなさい(汗)
なんというか、いろんな意味で自分の限界に挑戦した気分です。多分私にはいろんな意味でこれ以上のものもこれ以下のものもかけないような気がします。とりあえず、キーボード打ちながら指が固まったのは初体験でした。
読んでくださってありがとうございました。

荒い息が洞窟の中に響く。
「はぁ、はぁ・・・・さあ・・・観念しなさい!」
男の喉元に棒を突きつけたエステルが、息を切らせて最後通牒を下した。
「これ以上の抵抗は、あなた達の罪を重くするだけですよ。」
同じく、抜き身の双剣を突きつけたヨシュアが厳しい声を出す。
「盗品は全てもとの持ち主に返し、わからないものは国庫の足しになるでしょう。
 あなたたちには、事情聴取の後、速やかに牢屋に行ってもらうことになります。」
エステルが、片手で棒をもったままポケットから細いロープを取り出して、男の手首を縛る。
「エステル、そっち見てて。他は僕がやっておくから。」
「了解。」
ヨシュアは、気絶している男達を手際よく縛っていく。
「畜生!何でこんな事になるんだよ!!」
手首を縛られた男が吠えた。
「あんた達のお陰で、徒歩でリベール半周させられたんだからね!?
 ちょっと痛めつけられたくらいで吠えてんじゃないわよ!」
エステルが怒鳴りつけると、男も怒鳴り返す。
「リベール半周やったのは俺達だって一緒だっ!しつこく追いかけてきやがって!」
「あんた達がしつこく逃げるからでしょうが!」
「追いかけられて逃げない奴があるか!」
男はそういうと天井を仰いだ。
「俺にはこいつらの命運が掛かってたんだ!!それだってーのになんで・・・コレじゃ破滅じゃねーか!!」
「私たちにだって一般人の平安を守るという使命があるのよ!
 大体盗賊団なんかやらかすからこうなるんでしょうが!!」
「くそっ!お前ら血も涙もないのかよ!」
その言葉に、ヨシュアの手が一瞬だけ止まった。
「何が血も涙も無いですって?!それこそ『盗人猛々しい』ってやつじゃないの!?」
エステルが即座に怒鳴り返す。ヨシュアの小さな異変には気づいていないようである。
少しほっとしつつ最後の一人を縛り終えると、ヨシュアは怒鳴りあう二人の間に割り入った。
「エステル、漫才もほどほどにして。ほら、こっちは終わったよ。」
そう言って、今しがた縛り上げてきた男達の方を指差す。倒れている男達は一箇所に集められていた。
「5,6,7・・・この場にいたのはコレで全員ね。さ、きりきり歩いてもらうわよ。」
「くそっ、覚えてやがれ!!」
エステルが確認している間、ヨシュアは用心深くあたりの気配を窺いながら手帳を記入していく。
「・・・盗賊団7名、ルーアンの洞窟内で身柄を確保・拘束。」
「軍に引き渡せば任務完了ね。」
ヨシュアの手帳を覗き込むと、エステルはぱっと笑った。
その笑顔に微笑み返すと、ヨシュアは先ほどまでエステルと怒鳴りあっていた盗賊の首領を見やる。
『血も涙も無いのかよ!』
負け犬の遠吠えなのは間違いないのだが、その言葉が少しだけ心に引っかかっていた。


盗賊団を軍に引き渡し、ようやくルーアンに戻ってきた時には既に夕刻になっていた。
ルーアンの遊撃士協会で手続きを済ませ、ホテルの部屋で荷物を置いた頃には、あたりはもう夜である。
「うー・・・つっかれたー・・・。」
旅の埃と幾許かの疲れを流して風呂から上がると、エステルはベッドに倒れこんだ。
「確かに、長旅になっちゃったね。」
先に上がって本を読んでいたヨシュアが、苦笑いしながらエステルの方を向く。
「今夜はさっさと寝たほうがよさそうだ。」
「全くよ。」
言いながらエステルはもぞもぞと自分のベッドの中に身体をもぐりこませた。
「ヨシュアも本読むよりさっさと寝たほうがいいんじゃない?」
ころりと寝返りを打って、ヨシュアのほうに顔を向ける。
「うん、そうだね。
 部屋の明かり消していい?」
エステルが頷くのをみて、ヨシュアは導力灯のスイッチを切る。
暗くなった部屋の中、あいた方のベッドにもぐりこむ。
「それじゃ、おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
寝転んだまま眠りの挨拶を交わすと、それきり、部屋の中は静まる。
もう何度も繰り返された光景。
ヨシュアは一つ寝返りを打って目を閉じた。
そのまま、ほとんどいつもどおりに眠りに落ちる・・・予定だった。
・・・・・・・・。
身体は疲れきっている。徒歩でリベール半周旅行をやらかした後なのだから当然のこと。
それなのに、眠れない。
目を閉じて、一つ息を吸い込んで、息を吐くのと一緒に体中の力を抜く。
やはり、眠れない。
頭だけが冴えてしまっている。
・・・身体だけでも休ませないと。
自分に言い聞かせて、全身の力を抜いて目を閉じた。
・・・・・・・・・・・・・・・。
チクタクと部屋に備え付けの時計の音が響く。
耳障りな事この上ないが、無視しようと努めれば努めるほど余計に響いてくる。
・・・どうしたものかなあ。
隣からは既に寝息が聞こえてきている。こういうとき、エステルならなんと言うだろう、とふと思った。
『羊でも数えてればいいんじゃない?』
一瞬で台詞が浮かんで、ふと表情を崩す。
・・・・・・・・
   羊が一匹羊が二匹・・・
理性はあっさりと、ばかばかしいと判断を下した。
『あとは、今日一日を振り返ってみるとか?』
・・・・・・・・
   今日は・・・ツァイスから隧道経由で鍾乳洞まで盗賊団のアジトを探しに行って逃げられてでも間抜けにも足跡残していってたからそのままルーアンまで追いかけていって学園裏の山の方まで行ったら盗賊が居てエステルと二人で8人ほどのしてそしたら首領に・・・

・・・ああ、・・・・そうか。

眠れない理由がなんとなくわかった。
息をついて、上体を起こす。
暗闇に慣れた瞳には、月明かりに照らされた部屋はそれなりに明るく映った。
隣のベッドでは、エステルが寝息を立てている。
その天使のような寝顔を見ながら、起こさないように、こそりとベッドを降りる。
窓の外を見ると、明るい月の光と、それにかすむような星の明かりが目に入った。
光を浴びていて良いものか、と、ふと体が止まった。

『血も涙も無い』

あの盗賊の首領が悔し紛れに叫んだ言葉は、自分にとっては今でも掛け値なしの事実だった。
呪縛から開放されたと・・・そう言われた所で、作られたという事実は厳然として存在する。
血も涙も無い殺人人形。
壊れた心。血まみれの手。ずっと大切な人を騙し続けた口。
挙句、大切な女の子を傷つけるだけ傷つけてしまった自分。
そんな自分が太陽のようなエステルの傍に居る資格など・・・

「ヨシュア・・・?!」

怯えを含んだいきなりの声に驚いて振り向く。
「どうしたの?」
声を掛けると、エステルは顔を上げてこちらを向いた。
「あ、・・・」
泣きそうなほどにホッとした表情が突き刺さる。
そんな表情をさせているのは、他でもない自分だった。
エステルを怖がらせているのは、いつかの別れ。別れの傷は再会で癒えても、跡は消えない。
でも、エステルのその表情は一瞬だけだった。
「ううん、なんでもないわ。」
すぐ苦笑いしながらベッドを降りる。
「ヨシュア、まだ起きてたのね。」
そう言って、窓辺に歩いてくる。
「ちょっと眠れなくて。」
なるべく平静に、いつもと同じように。自分の心を悟られないように・・・話す。
「エステルも、起きてないで寝た方が良いよ。」
これ以上心配を掛けたくなかった。
しかし、エステルは軽く背を伸ばしながら窓辺にたつ。
「ヨシュア、まーたなんか考え込んでなかった?」
目線の高さはあまり変わらない。真正面からの視線が少し辛くて目線を下げた。
「ちょっとね。だけど大した事じゃないから。」
軽く笑ってごまかす。
しかし、エステルの表情は少し厳しくなった。
「目をそらしてる時のヨシュアって、大抵余裕が無いのよね。」
「そうかな。」
とりあえず微笑む。それと同時に、その情報を心に刻む。そう、『今度から気をつけよう』と。
「あのね、何年付き合ってると思ってるのよ。大体、前もこんな事あったわよ?」
「・・・・・・。」
「言いたくないなら言わなくてもいいけど、私でよければいつだって相談に乗るから。
 だから、あんまり・・・その、思いつめないでね。」
そのフレーズが少しだけ心を軽くした。
「なんか、それ前に聞いたような気がする。」
いつだったか、エステルは同じ事を言っていたはずだ。
「私も前に聞いたような気がする。」
エステルはそういって微笑んだ。もしかしたら、自分も同じような事を言ったのかもしれない。
「・・・もう寝る?」
ちょっとの沈黙の後にエステルが言う。
「そう、だね。明日も一応あるし。」
これ以上起きていてもエステルが心配するだろう、と踏んで一応微笑む。
エステルはその答えに満足したらしい。
「明日はロレントに戻れるわね。」
にこりと笑って自分のベッドに戻る。
「うん、そうだね。それじゃあ、お休み。」
ヨシュアもベッドに戻ると、布団とシーツの間に身体を滑り込ませた。
エステルはそれを転がったまま眺めている。
「・・・ね、そっちいっていい?」
その申し出に全身が固まった。
「え・・・。
 狭くなるよ?それに自分のあるじゃないか。」
「ちょっとくらいいいじゃない。けちけちしないの。」
そういって布団の中にもぐりこんでくる。
ヨシュアはエステルに背を向けると、慌てて場所を空けた。
首に腕が回されて、抱きしめられる。
「んー、ヨシュアあったかい。」
「あのねえ・・・」
文句を言おうと顔をそちらに向けたところで、・・・当たり前の事だが、間近で目が合ってまた固まってしまう。
一瞬後、やわらかいものが唇に触れた。
「!」
唇から、顔が、そして体が火照る。
エステルは、ヨシュアの胸に顔を埋めてこちらを見ようとしない。
「な、何を・・・!」
「何って・・・その、・・・。
 だって、ヨシュアが好きなんだもん。
 たまには・・・・やりたくなることくらいあるわよ。」
上目遣いに見やる瞳。何かを言い返そうとして、それでも言えなかった。
「もう、恥ずかしいなあ!
 今日は疲れたし寝るわ!お休み!」
口をパクパクさせているうちに、エステルはまた胸元に顔を埋めてしまった。
「(・・・・・・なんて無防備なんだ・・・)」
それとも、相手が自分だったからだとうぬぼれていいのだろうか。
抱きしめようと手を回す。
『そんな血まみれの腕で?』
自分の心のどこかで、そんな声が聞こえた。
体が固まる。
「・・・おやすみ、エステル。」
まわしかけた腕を下ろして、そう呟いた。
やわらかな髪や腕の感触、あたたかな体温を感じながら目を閉じる。
・・・やっぱり、僕なんかには手が届かないのか。
   こんなことなら、生まれ変わってきれいなままで出逢えて居ればよかったのに。
そんな想いと共に、意識は闇へと沈んでいった。


翌朝は、快晴だった。
ホテルをチェックアウトしてジャンに挨拶すると、その足で飛行場に向かう。
目指すはロレント。なつかしの故郷。事件の報告はもう行っているだろうが、あちらで受けた依頼なので、アイナにも会っておきたかったのだ。
依頼で二人で飛行艇に乗るのも慣れてきた。
乗っている間、のんびりと旅の疲れを癒すことにする。
以前は、エステルがはしゃいで甲板の方に行っていたり、ヨシュアがため息をつきながら付き合っていたりしたものなのだが、今は二人とも落ち着いたものだった。
お互いに寄りかかって、ウトウトとまどろむ。
周囲からの微笑ましげな目線にも気づかずにのんびりと。そこだけ時間が止まったようだった。

「ロレント、ロレントに到着しまーす。」
その声で二人はばっと身を起こす。
「うー・・・よく寝たぁ・・・・。」
エステルが思い切り背を伸ばす。 
「・・・・ん、着いたみたいだね。」
ヨシュアも首をゆっくりとまわした。
「エステル、よだれ。」
「へぁっ、いけないいけない。」
エステルが慌てて口元を拭う。
窓の外を見ると、丁度空港に着陸したところだった。
タラップを降りると、ロレントのおだやかな風が吹き抜けていく。
「やーッと戻って来れたわね。」
そのままの足で協会に向かいながら、エステルがまた背を伸ばした。
「この間の事件に結構掛かったからね。」
そう言って息をつくと、頭に軽い衝撃が走った。
「ったぁ・・・何?」
隣を振り向くと、エステルが顔を覗き込んできた。
「折角事件も片付いたっていうのに、浮かない顔してどーするのよ。
 今のはもっとこう、爽やかに喜ぶべきところじゃない?」
「別に浮かない顔なんか」
「してる。そう見えるもん。」
エステルはそう断言する。
「悪かったね、暗くて。」
そういってむくれてみせる。
本当のところ、自分の意識の範疇外のことだった。
昨日の事をまだ引きずっているのか・・・と、ある種冷静に自己判断する。
「ほら、また考え込んでる。」
「少しくらい考える事だって必要だよ。」
そう言い返したところで、協会につく。話はそこであっさりと終わってしまったのだった。


遊撃士協会から出ると、あとは家の方に行くだけだった。
エリーズ街道ぞいの原っぱがのんびり揺れている。
「やーっと我が家ね。『おお、わがロレントよ!私はまたここに帰ってきたぞ!!』」
エステルは大仰に言うと、原っぱの方に駆け込んだ。
それを目で追うのは習慣だった。
そして、すっと視線をそらして空を見上げる。空は蒼くて、明るくて、・・・少し自分には不釣合いだった。
「ヨーシュアー、気持ちいいわよー」
声に呼ばれてそちらを向く。
エステルは・・・居ない。
「エステル?どこ?」
原っぱの上に視線をさまよわせると、見慣れた栗色の頭が少し背の高い草の間から出てきた。
赤味掛かった瞳と目があうと、エステルの姿がまた消える。
そちらの方に歩いていくと、案の定エステルは大の字になって原っぱに寝そべっていた。
「相変わらず豪快だね。」
「それ嫌味?」
「いや、別に。」
傍に腰を下ろして、遠くの空を眺める。風が後ろから吹いてきてなかなか快適だった。
「ねえ、ヨシュア。」
隣から声が掛けられる。
「何?」
「今日・・・っていうか昨日からノリ悪くない?」
少し心配そうな声。
「僕はいつもどおりだよ。」
別に何も無いよ、と首を振る。しかし、エステルの声はさらに不機嫌になった。
「嘘ね。昨日の夜辺りからずーっと考え込んでるじゃない。」
それは、確かに当たっていた。まだ、引っかかっている、あの言葉、あの事実。
「そうかな。」
当たっていてもとりあえず誤魔化す。コレは自分の問題だと。
エステルは深々とため息をついた。
「誤魔化してばっかりなのもらしくないわよ。いつもだったらもっとスマートに避けるでしょ。」
何でそういうところに聡いんだ、と思いながら、ヨシュアも原っぱに身を投げ出した。
「・・・・・・・・。」
ゆっくりした風が吹き抜けていく。
エステルは耳を傾けているらしい。ヨシュアは観念して一つ息をついた。
「たまに、思うんだ。
 生まれ変わって君の傍に居られたら良いのにって。
 結社なんかと関わり無く生きて、君に出会えていたらよかったのに、って。
 ・・・なんだか逃げてて・・・情けない事だけど。」
エステルは、きょとん、とヨシュアの方をむいた。
「そんなことを考えてたの?」
「・・・うん。」
素直に頷くと、エステルはふーっと息を吐いた。細い体が少し上下する。
「そっか。
 私は別に生まれ変わってくれなくて良いんだけどなあ。今のままのヨシュアが一番好きだもん。」
「だけど。」
僕の手は血まみれだ。
そんな手で君に触れたくない。
嘘を吐き続けた口でキスをしたくない。
誰よりも大切だから、汚すのは嫌なんだ。
そういおうと思った。それは、以前から思っていたこと。別れの後の再会から、よりいっそう強くなった想い。
「だってね」
しかし、言葉にする前に遮られた。
何もいえなくなって押し黙る。
「そんなの全部あわせてヨシュアだと思うもん。」
エステルはそのまま続けた。
「それに。もしも、まっすぐに育ったヨシュアだったら、爽やかに厳しいツッコミが入らなくなっちゃうでしょ。
 なんかねー、私どうもあれが無いと調子でないのよ。」
幼い頃からずっと見てきた表情と言い方。
「昨日もそう、今日もそう。なんか切れが悪いと判っちゃうくらい。なくてはならない、って奴なのかも。」
「あ・・・あはははは・・・」
そのあまりの言い様に、笑いがこぼれた。
確かにそれは、途中経過があってこその自分だった。
「それは笑うとこ?」
エステルが少しむくれた。
「うん。」
それに爽やかな笑顔で応える。
「・・・やっぱり君にはかなわないな・・・」
視線は空。わだかまっていた心が解けていく。そう、こんなにも簡単に。
昨日から考えていたことなど、エステルの前には何の意味も成さなかった・・・という事らしい。
少し心地よい空気が流れていった。
ややあって、エステルが口を開いた。
「ねえ。
 ずっと・・・うちに来る前のこと、気にしてたの?
 その、結社にいた頃の事とか。」
少し言いづらそうなのは、それを確信しているからだろう。
「・・・うん。」
「そっか。」
素直に頷くと、エステルはすこし寝返りを打ってこちらを向いた。
「・・・・辛かった?」
「そんなこと考えもしなかった。」
そう、当時は何も考えていなかった。
辛いのは、今。
「でも、数え切れないほどの罪を犯した。最低なことをやってたのは間違いない。」
視線は空をさまよったまま・・・でも、言葉は自然につむがれる。
「だけど、もうやらないんでしょ?」
意外な言葉だった。
「え・・・うん。」
少し言葉に詰まって、それから迷い無く答える。
隣の空気が、少し崩れた。
「ならいいんじゃない?」
「えっ?」
そちらの方に身体を向けると、エステルはいたずらっぽく笑った。
「もうしないんだったらいいじゃない。それに、悪い事したときは、『もうしません』っていえば大体許してもらえるわよ?」
むっとして、身を起こす。
「そういう問題じゃ」
「あのね。」
少し静かで少し強い声が遮った。
「罪とか罰とか、そんなのよりも幸せになる方がよっぽどいいと思うわ。」
そう言って、エステルも身を起こす。
「そりゃ、やったことの大きさも過去とかいうのも消えないわよ。
 ・・・でも、だからといって一生浮かない顔をしとかなきゃなんないわけじゃないわ。」
ふわり、と自分の頭が包み込まれた。
「ヨシュアはもう十分に苦しんだじゃない。一番近くで見てたわたしが言うんだから間違いないわ。」
言葉は、素直に直接心に入ってきた。
「これ以上に気に病む必要なんてどこにも無いわよ。」
ふと見れば、エステルは穏やかにこちらを見つめていた。
浮かされるように・・・おずおずと腕を回して、エステルを引き寄せる。
引き締まっていて、少しやわらかい。

「もういいの。」

その一言で、糸が切れた。
腕の中のエステルを折れそうなほどにきつく抱きしめる。
顔の傍で風に揺れる栗色の髪は、日向の匂いがした。
かすかに触れる頬は、マシュマロのような感触がした。
ずっとずっと欲しかった・・・でも、とうの昔にあきらめていた暖かさだった。
それは、今自分の腕の中にある。
目を閉じて、愛しい存在を思い切り感じて、ただ、抱きしめる。
気がつくと、エステルの手が、ヨシュアの背中をまるであやすかのように優しく叩いていた。
少し息をついて身体を離すと、視界がぼやけた。
それでも、面と向かって何を言えばいいのか・・・言葉が出てこなかった。
「落ち着いた?」
掛けられた言葉は意外なものだった。
「え?」
きょとん、と見やると、エステルの手がヨシュアの目元に伸びてきた。
その手は、目元と頬を伝う何かを拭う。
・・・涙だ。
「・・・僕、もしかして・・・泣いてた?」
たずねると、エステルは目を見開いた。
「気づいてなかったの?」
「・・・うん。」
こくり、と頷くと、エステルはくしゃ、と笑った。
「ヨシュアでもそんなボケかたするのね。」
「そう・・・かな。」
半ばぼんやりとしたままで言葉をつむぐ。
「だって普通気づくわよ。」
「そっか。」
そう、それは確かに・・・当たり前の事だった。
エステルが明るく笑う。
「でも、レアなもの見たわー。今まで暮らしてきて一度も見た事無かったもの。」
その笑顔を見ていると、また視界がかすんできた。
「うん・・・僕も。
 まだ、涙なんてものが・・・あったなんて・・・おもわなか・・・った・・から。」
今度はわかる。
頬を伝う水滴。声が詰まる感覚。自分は今、涙を流している。泣いている。
「僕は・・・、何で泣いてるんだろう・・・。」
エステルの腕が自分を包み込んだ。
先ほどと同じ、背中を軽く叩かれる優しい感覚。
「人間だもん。嬉しかったりほっとしたりで泣く事くらいあるわよ。」
「そっ・・・か・・・。」
人間だから。
言葉は涙とともに心にしみこんでいく。
「僕は、人間だったんだ・・・。」
こぼれる言葉。
その事実が、涙が、どうしようもなく嬉しかった。
「何当然のこと言ってるのよ。」
エステルの腕に力がこもる。
「ヨシュアは人間よ。私がこの世で一番大好きな人。」
声は出なかった。
そのかわりに、もう一度腕を回して、抱きしめた。


「ありがとう・・・。
 ・・・愛してる。これからもずっと。」

囁いて、エステルの唇に触れる。
エステルは目を見開いて、そして、一つ頷いた。
片腕でエステルを抱き、その小さなあごを持ち上げて、唇と唇を合わせる。
一瞬とも永遠ともつかない幸せな時間。
生きてきてよかったと、心から思えた。
過去は消えない。それでも未来をみて歩いていこうと思った。

今そこにある幸せ・・・やっと抱きしめる事の出来た愛する存在とともに。

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