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そっと目をそらしたいもの
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魔法使いの子守り
ハウルの動く城より。
原作ベースで、2巻終了後。
よって、子供居ます。モーガン君だっけか。
マイケル君(マルクル君にあらず)とマーサちゃんは一応恋仲ってことで。
「それじゃ、いってくるわね。
帰りは夕方になると思うけど、モーガンのことお願い。」
ソフィーは、玄関の戸に手をかけて、心配そうにお城の中を振り返りました。
「大丈夫だよ、ソフィー。
モーガンがいかに僕になついているか、知らないわけじゃないだろう?」
ハウルは不安そうなソフィーを宥めるように、彼女の頭をなでます。
「・・・そうね。」とソフィー。
「それにあなただって、可愛い坊やの泣き声がうるさいからってじゅうたんに変えたりはしないわよね。」
「もちろん。そんなことするような人間に見えるかい?」
まだ不安そうな表情でこちらをみるソフィーに、ハウルは笑顔で手を振ります。
「いってらっしゃい。大船に乗ったつもりで任せてくれ。」
「泥舟じゃないことを祈るわ。
カルシファー、あなたの親友が余計なことしないように見ておいてね。」
そう言い置いて、ソフィーは玄関から出て行きました。
魔法使いのところにお嫁にいった妹のレティーのお見舞いに行くのです。
「さて、と。」
ハウルはゆりかごの中を覗き込みました。
赤ん坊はゆりかごの中ですやすやと寝息を立てています。
「このまま、静かにしていてくれよ。」
ハウルはそう言って、モーガンの髪を優しくなでて自室に戻ろうとしました。
ひまつぶしよう、の本を取ってくるつもりです。
ところが。
「ぅ・・・あ?」
そのおかげで赤ん坊は目を覚ましてしまいました。
「おや、起きたのかい?
僕としてはもっとゆっくり」
「ふぅ・・ぁ?ぅぅ・・・」
モーガンは、きょろきょろ、とあたりを見回します。
そして。
「ぅう・・・あぁあぁあん!」
火がついたように泣き出しました。
「うわっとと。
全く人生ってままならないものだなぁ。どれどれ。」
ハウルは、慣れた手つきでモーガンを抱き上げました。
「別におもらししたとかそういうわけじゃないみたいだな。
何か悲しいことでもあったのかい?」
ゆらゆらとゆらしてあやしてみますが、一向に泣き止みません。
「お腹でもすいたのかな?」
言いながら、赤ん坊片手に整頓された食器棚を開けて、ミルクと哺乳瓶を取り出します。
「カルシファー、ちょっとこれあっためて。」
お鍋にミルクを入れて、カルシファーの上にかざします。
「すっかり所帯じみたね。」
「これだって幸せのうちさ。
さ、町の人に騒音で訴えられる前におとなしく言うことを聞いておくれ。」
「しかも惚気てるし・・・」
もうやってられない、という風に、カルシファーは身をかがめました。
おいら、一応火の悪魔名乗ってるのに・・・なんで赤ん坊のミルクなんてあっためてるんだろう・・・などとカルシファーはぶつぶつとつぶやきます。しかし、赤ん坊の泣き声にかき消されて、ハウルには届いていないようでした。
少し暖めてミルクの温度を確認すると、ハウルは鍋をどけました。
「よしよし、ありがとう。
さーてモーガン、ミルクだよ。」
ミルク入りの哺乳瓶を口元に近づけると、モーガンは更に泣き叫びました。
どうやら、お腹が空いていたわけでもないようです。
「おや、違ったのかい?」
片手に持ったミルクをため息と一緒に放ると、哺乳瓶はお行儀良くテーブルの上に着地しました。
「参ったなぁ。どうやったら君は泣き止んでくれるのかな?」
聞いても、返ってくるのは泣き声ばかり。声の大きさは、最初よりも増しているような気すらします。
「このままだと、本当に町の人に騒音で訴えられてしまうな。」
もしくは、『あの花屋はとんでもない家だ』等という根も葉もないうわさが立つか。
どちらにしろ、あまり歓迎できることではありません。
ハウルは、モーガンを片手に抱えて、お城のドアの板を替えました。花畑への出口につなげると、外に出て扉を閉めます。
「ほら、花畑だよ。
こんな綺麗な花に囲まれて泣いてばかりというのはもったいないと思わないかい?」
高い高い、とモーガンを差し上げますが、泣き声は・・・やみません。
「うーん・・・何が気に食わないのかな。」
参ったなぁ、とハウルは指を一振りしました。
指先から光がこぼれます。それは蝶の形になって、ハウルとモーガンの周りを飛び回りました。
「ほら、蝶々だよ。」
赤や黄色や白の色とりどりの蝶々が花畑を舞いました。
それはとても幻想的な光景です。
しかし、どうやら赤ん坊には通じなかったようでした。
「これもだめか・・・。」
声の限り泣くばかりのモーガンを抱えて、ハウルはガックリと肩を落としました。
それと共に、舞い踊っていた蝶々も、黒く色を変え、塵になって消えてしまいました。
「ねぇ、モーガン?そんなに泣いていたら、そのうち声も枯れてしまうよ?」
ティッシュでモーガンの涙と鼻水を拭きながら、ハウルは深々とため息をつきます。
ぽん、とティッシュくずを投げると、それは鮮やかな炎に包まれて消えてしまいました。
「ねぇ。どうやったら機嫌を直してくれるんだい?」
空を仰いで、お城への入り口を振り返って、またため息。
赤ん坊の声は長い時間泣いていたお陰で枯れそうで、それが気持ち悪いのかさらに泣き叫びます。
「このままじゃ、君のためにも僕のためにもならないぞ。」
ハウルは、モーガンをしっかりと抱くと、今度は一つ地面を蹴りました。
二人の体が一気に上空に浮かびます。
「ほら、モーガン。雲が目の前に見えるよ。
下は綺麗な花畑だし。こんな素敵なところってないんじゃない?」
今度はさすがにモーガンも、ひく、と泣きやみました。
「やれやれ・・・やっと機嫌を直してくれたか・・・君の機嫌を直すのはソフィーの機嫌を直すのと同じくらい難しいんだね。
まぁいい。どれ、ちょっと空のお散歩でもしようか。」
下は一面の花畑。
ハウルはモーガンを抱いて、ぽーん、ぽーんと空を蹴ります。すっかりご機嫌になったモーガンは、声を上げて楽しそうに周りを見回しました。
雲を3回ほど蹴って、森の一番高い木のこずえを蹴って、雁の群れと並びます。
目の前を飛ぶ鳥が珍しいのか、モーガンは鳥達のほうに手を伸ばしました。驚いた鳥達が、大きな音を立てていっせいに方向を変えます。
それに驚いたのか悲しんだのか、モーガンはまた泣き出しました。
「よしよし、ビックリしたんだね。
だけど、彼らは手を出されるのは好きじゃないんだよ。」
ぎゅっと抱きしめて、また雲を蹴ります。
しかし、再び泣き出した赤ん坊はやっぱり泣きやんでくれません。
先ほどの事がショックだったのか、じたばたと手足を動かして・・どうやら、完全に癇癪を起こしたようでした。
「うわわわ。頼むからこんな所で暴れないで。落ちたら大変だ。」
抱きしめる腕に力をこめると、ハウルは急いで高度を下げます。
町の高い塔を蹴って時計守の腰を抜かした後、屋根を蹴って猫を驚かせたところで、モーガンの不機嫌は最高潮に達しました。
赤ん坊とは思えないくらいの力でばたばたと暴れると、ハウルの腕を抜けてしまったのです。
「モーガン!!」
一瞬で魔法をかけると、赤ん坊は真っ黒な仔猫になって、ひらりと身を翻しました。
屋根の上に降り立つと、ハウルは慌てて辺りを見回しました。
「モーガン!どこだい!?」
屋根の上の鳥達が、声に驚いたのかいっせいに逃げていきます。
その中を悠々と横切る、真っ黒な仔猫が一匹見えました。
「モーガン、こっちだ!」
慌てて追いかけて名前を呼びます。
しかし、仔猫はハウルの声なぞどこ吹く風で、悠々と大通りの方に飛び降りてしまいました。
「モーガン!!
・・・くっそー、よっぽど迷子になりたいらしいな。」
仕方なしに、ハウルも大通りの方に飛び降りました。
大通りは、いつものように人でごった返していました。
その間をすり抜けながら、ハウルは黒い子猫姿の息子を追いかけます。
「と、すまないね。
モーガン!こら、どこまで行くんだっ!」
いつものような優雅さはなく、人ごみを掻き分けてすり抜けてぶつかって、目線はずっとモーガンを追いかけます。
そして、大通りを一つ抜け二つ抜け、小さな小道に来たところで、黒猫はひょい、と飛び上がりました。
視線を黒猫に合わせてハウルが顔を上げると、黒猫は女性の胸で丸くなっています。
「すまない、うちの・・・」
目線を上に上げて、その女性の顔を見た瞬間。彼の言葉がとまりました。
「ハウル、これは一体どうしたの?」
黒猫を抱えてこちらを見るのは、目を見開いたあかがね色の髪の奥さんでした。
「そ、ソフィー・・・。今帰りかい?」
「ええ。
でも、それよりこの子はどうしたの?」
「あー、これはえーっと・・・少し長い話になるんだけど、取り合えずその仔猫を返してくれる?」
「えぇ、構わないけど。」
言いながら、ソフィーは黒猫をハウルに渡しました。ハウルは、「その荷物も持つよ」と手を差し出します。
「あなた、この子を追いかけてたわよね。」
手荷物をハウルに預けながら、ソフィーが言いました。
「あぁ、そうなんだ。・・・こら、暴れるなってば。」
微妙に暴れる仔猫を抱き上げながらハウルは答えました。
その様子を見ながら、ソフィーは言葉を続けます。
「しかも、『モーガン』って呼んでなかった?」
それは、ちょっとだけ冷たく響きました。
「・・・・呼んでた。」
一瞬だけ視線をずらして、ハウルは頷きました。
しかし、ソフィーはじっとハウルの瞳を見つめます。
「で、かわいそうなうちの坊やは一人ぼっちでお城に居るの?」
「・・・一応、家にはカルシファーが留守番してるけど・・・・・・。
わかってるならはっきり言ってよ。多分君が思ってる通りさ。」
いたずらのばれた子供のように、ハウルはそっぽを向きました。
「その仔猫。うちの坊やなのね。」
「ご明察。」
ハウルが仔猫の背を軽くなでると、それは、ぽん、と赤ん坊になりました。
人間に戻るとモーガンはしばらく手足を動かしていましたが、自分が動けない人間に戻ってしまったことを悟り、また涙目になりました。
「あわわわ。お願いだから泣かないでくれよ。今日は君の泣き顔しか見てない気がするぞ。」
慌てて腕を揺らそうとするハウルに、ソフィーは「貸して」と手を差し出しました。
ハウルは、大人しくそれに従います。
ソフィーはモーガンを危なげなく抱え上げると、トントン、と背中を叩きました。
「モーガン、あなたは人間なのよ?」
くしゃ、と顔をゆがめるモーガンの頬に、ソフィーはそっと口付けて、そしてしっかりと抱きかかえました。
「ねんねんころり、ねんころり。
今日はずいぶん泣いたみたいね。疲れてるでしょう?
猫になるのは夢の中。さ、おやすみなさい。」
ソフィーはゆっくりと腕を揺らして、少し節をつけてゆったりと呟きます。
そうやって少しすると、モーガンはすやすやと寝息を立て始めました。
「・・・ふぅ・・・。」
ハウルとソフィーは、一緒にため息をつきました。
「凄いな、ソフィーは。僕が散々苦労した癇癪をあっという間に静めちゃった。」
「そうでもないわ。」と、ソフィー。
「あなたに出来ない事ならきっと私に出来ることなのよ。
反対に、私に出来ない事があったら、それはきっとあなたに出来ることなの。」
ソフィーはそう言って、ゆったりと微笑みました。
「そういうものなのかな。」と、ハウル。
「そうでもなきゃやってられないわ。」と、ソフィー。
「そっか。」
「そうよ。」
そして、二人は家に向かって歩き出しました。
「それで」
ソフィーは、すっかり寝入ってしまったモーガンを抱きなおしながら切り出しました。
「何で、モーガンは仔猫になっていたの?」
「えーっと・・・どこから話せばいいのかな。」と、ハウルは困ったように鼻の頭をかきました。
「一切合財。大丈夫、ゆっくりと時間はあるわ。」と、ソフィー。
「じゃぁ、話すけど。・・・」
そう言って、ハウルは決まり悪そうにそれまでの経緯を話し出しました。ソフィーは、あるときは驚いたように、あるときは呆れたように相槌を打ちます。
「で、追いかけていったら君が居たってワケさ。モーガンのやつ、やっぱり僕よりソフィーの方が好きみたいだ。」
言い終わるとハウルは、ショックだ、という風に赤みがかってきた空を仰いだのでした。
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