> 妄想がそのええっと、なもの。 > Star Ocean3 > Melody
Melody

アルベル&ネル
アンインストール後のディプロにて。
毎度のことですが、なかなか納得できるものができません。何か悔しい。
敗因は色々いっぱい詰め込んじゃったからだと思うんですが。

入り口に立つと、白いドアが開いた。
中に入ると勝手に閉まる。
ドアのそばに立てば、また開く。

・・・わからない。

はたしてこれは、鍵が掛かっているのだろうか。以前に基本操作を聞いたときは、なんとかなっていたのだが、今やってみてもうまく作動していないような気がする。
解らないなら、自分で何とかするのが彼女の基本である。しかし、ここは何か色々と理解の範疇を超えた世界だった。何せ、これは星の中を飛ぶ船だ。現に窓の外は闇と光点で彩られている。
ため息を一つ。
わからない事があったら、下手に操作する前に聞けと。そう前々からマリアたちに念を押されていた事もあり、ネルはひとまず部屋の外に出ることにした。

ここは、ディプロ。マリアたちの「船」であるこれは、星の海を抜け、惑星ストリームからエリクールへと戻るところだった。

適当に人を捕まえて聞こうにも、間が悪かったのか廊下には人が見当たらない。ブリッジの方を見ても、おぺれーたのマリエッタが居るだけだ。ブリッジに一人、ということは、席ははずせないだろう。
他のメンバーは自室だろうか。
そんな事を思いつつ、また個室のある通路に出る。やはり人は居ない。しばし考えた挙句、ネルは、手近にあったドアの呼び鈴を押す。
「ソフィア?」
「はーい、今あけますっ!」
扉の隣から不思議な声がして、数秒後に扉が開く。
「ネルさん。どうかされたんですか?」
ソフィアが姿を現すと同時に、中から聞き覚えのある音が一緒に零れてきた。
ピアノの音だ。それと一緒に歌声もする。どうやら誰か来ていたらしい。
ネルは、用事を引っ込めると、ドアから一歩下がった。
「いや・・・邪魔したかな。誰か来ているんだね?」
言えば、ソフィアはきょとん、とした表情でこちらを見上げる。
「え?部屋は私一人ですよ?」
しかし、ソフィアのものではない声は、止まらず聞こえてきている。
「なら、その歌は誰が歌ってるんだい?」
「え?・・・あ、ああ!」
ソフィアは一瞬固まって、そして何か思いあたったように一つ手を打った。
「オーディオのことですね。そっか、ネルさんのとこにはまだ無いんでしたっけ。」
またしても聞き慣れない言葉だ。
「おーでぃお?」
「えーっと・・・CD・・・じゃなくて、えーと・・・レコード、・・・あー、蓄音機・・・」
あー、とか、うーとか。可愛らしく悩みつつ、ソフィアは言葉を捜しているようだった。
「こう、音楽を録音して、いつでも聞けるようにしたシステム・・・ええと、機械です。」
「ろくおん?」
解るような解らないような。そんなネルを見ながらソフィアは少し唸って、それから一つ手を打った。
「オルゴールとか近いかもしれないです。どんな歌も音も鳴りますけど。なんていうのかなあ、自動演奏装置、とか・・・でしょうか。」
「ああ。なるほど。・・・すごいもんだね。」
それならばわからなくはない。なんとなく、だが。
「えへへ、重宝してるんです。好きな音楽聞いてると、無駄な緊張が少し和らぐ気がして。」
ソフィアはそう言って笑う。部屋の中から零れてくるピアノの音と歌、そして笑い声。確かに、悪くない。ネルも表情がほころぶ。
「聞き慣れた音は心を落ち着かせるからね。
 この音、ピアノの音だろう?私もなんだか懐かしい気がするよ。」
アリアスの領主屋敷で、たまに領主の忘れ形見の男の子が弾いていた。今流れてくる曲ほどに滑らかではなかったけれど、それがまた微笑ましくて和んでいた事を思い出す。
「シンプルなとこが良いんですよね。こう、ちょっとじーんと来る感じがして。」
ぽろぽろと流れるピアノの音は、どうやら山場に入ったらしい。
「・・・ちょっと、しんみりするね。いい曲だ。」
切なく、甘く歌う声、流れる旋律。ちょっと身を浸しかけて、ソフィアがこちらを眺めているのに気付く。
「ふふ、似合わないかな。」
苦笑交じりで言えば、ソフィアはふるふると首を振った。
「そんなことないですよ!私も気に入ってるんです。えへへ、なんか嬉しいな。
 そうだ、ネルさんも何か聞いてみますか?色々ありますし、部屋でも聞けますし。」
そう言ってソフィアは、返事を聞く前にぱたぱたっと部屋の中に入っていってしまう。
「え、あ・・・」
呼び止めようとして、それから少し思い直した。
ここは、好意を受け取っておこう。興味もあるし、『こっちの世界』と少し近づけた気がするし、ソフィアはなんだか嬉しそうにしているし。
力を抜いて待つ事数十秒、部屋から流れていた音が止まる。それからすぐにソフィアは戻ってきた。
「お待たせしました。さ、行きましょう。」
「ああ。ありがとう。」
どういたしまして、と笑って、ソフィアが部屋から出てくる。まるで習慣のように扉脇の装置をピピピ、と言わせているのを見て、ネルはここに来た本題を思い出した。
「そうだ、ソフィア。鍵の掛け方がわからなかったから教えて欲しいと思ってたんだけど。いいかい?」
ソフィアは、装置をいじるのをやめてこちらを振り返る。
「え?はい、いいですよ。」
「すまないね。」
言えば、ソフィアは軽く胸を叩いた。
「それくらい、全然構わないです。どんどん聞いてください。」
そして、すぐにいたずらっぽい笑顔になる。
「・・・って、私もここの船はマリアさんやクリフさんほどにはわからないんですけどね。」
クルクルと変わる表情は、一つ一つが可愛らしい。嫌味も無く、作っている感じもせず、自然体で可愛いらしいのだ。自分は当の昔に無くしたものだな、などと、ふと思う。
「ネルさん?」
と、ソフィアに下から覗き込まれていた。少しぼーっとしていたらしい。
「あ、なんでもないよ。いこうか。」
「はい。」
軽く笑って、2人は部屋を後にした。


「・・・・この大きいボタンを押して、画面が出てきたら左下の青い三角を1回、真ん中の赤い四角の順。開ける時も大きいボタンをまず押して、左下の青い三角を1回、真ん中が青い四角に変わるからそれを押して・・・。」
言いながらソフィアがボタンを操作すると、ドアは一度閉まり、また開いた。
「鍵が掛からなかったのは設定がちょっと変わってたからみたいです。・・・けど、多分これで大丈夫だと思います。中からも同じ操作で大丈夫です。パネル・・・えと、ボタンの位置は大丈夫ですよね。」
「ああ、それは大丈夫。すまないね、ありがとう。」
言えば、ソフィアは困ったように首を振った。
「いえ。・・・・でも・・・おかしいな。ネルさん、誰かと一緒の部屋じゃなかったですよね?」
首を傾げながら、ソフィアはパネルを覗き込む。
「え?ああ、そうだけど。」
いきなりの問いに目を瞬けば、ソフィアはうーん、と考え込む仕草をした。
「・・・・・これ、ちょっとクリフさんかマリアさんに聞いておきます。まあ、大丈夫だとは思うんですけど・・・。」
「?何か不具合でもあるのかい?」
聞けば、ソフィアは少し困ったようにこちらを見上げた。
「・・・なんか、ここの部屋もう一人使えるようになってるんですよね。まあ、船の中に居る人わかってるから、泥棒騒ぎとかにはならないと思うんですけど。誰のIDだろ、マリアさんかなあ・・・」
うーん・・・とソフィアはまた首を傾げている。何に悩んでいるのか良くは解らないが。
「マリアは、この船の持ち主なんだろう?なら、使えるようになっていてもおかしくはないんじゃないかい?」
言えば、ソフィアも曖昧に頷いた。
「うーん・・・でも、そうですね。・・・うん、そうかも。まあ、とりあえずは、後で聞いてみます。」
最後は一つ自分に頷いたようだった。すぐに、表情は懐こく可愛い笑顔になる。
「さ、音楽聞けるようにしちゃいましょう。」
片手に持ってきていた小さな機械をひらひらとさせる。
「ああ、ありがとう。」
「いえいえ。じゃあ、おじゃましまーっす。」
ソフィアは明るくそう言って、部屋の中に入っていく。ネルもついて中に入った。
部屋に初めて入ったときに、『これはきっとわからない』と直感した机の装置に、先ほどの機械を入れて、手馴れた様子で操作していく。程なく、先ほどソフィアの部屋で聞いた音楽が聞こえてきた。人間の声はまるでそこに誰かが居るような感覚すら覚える。しかし、誰も居ないのだ。気配はないのに声はする。不思議な感覚だった。
「凄いもんだね。」
感心して言えば、ソフィアは一瞬きょとんとした表情を見せた。
「そうですか?」
そして、一呼吸。
「・・・・でも、・・・そうですね。自分の近くに無いもの見ると凄いって感じますもんね。」
私も、初めてシランドのお城見たときは凄いって思ったし・・・と、ソフィアは笑う。自分の好きな場所を誉められるのは素直に嬉しかった。自然、表情もほころぶ。
「ありがとう。でも、そういうものなのかい?」
「きっとそういうものなんですよ。」
ソフィアは、また可愛らしく微笑んだ。
「ええっと。この四角を押したら音が止まります。で、この大きな三角を押したら音が鳴ります。これが次の曲。一時停止が・・・」
説明しながら操作しながら、ネルにも触らせる。彼女なりの気遣いなのだろう。
操作は単純でもあり、なんとなくだが覚えられた。
「曲名を押して三角、で、好きな曲を流せるんだね。で、こっちで止める、と。」
ぴ、ぴっと操作すれば、音楽が始まり、音楽が止まる。ソフィアが嬉しそうに頷いた。
「ええ、そうです。大丈夫そうですね?」
「ああ、なんとかなりそうだよ。すまないね。」
礼を言えば、ソフィアは首を横に振った。
「いえ、お安い御用です。どの曲が好きだったか後で教えてくださいね。」
「そうするよ。」
頷く。ソフィアは、それじゃあ、と踵を返した。
「ちょっとマリアさんたちに鍵の事聞いてきます。ネルさんはゆっくりしててください。」
言い置いて、ソフィアは出口へ向う。
そして、ドアをあけたところで、振り返った。
「そうだ、鍵かけるの試してみてくださいね。」
「そうするよ。ありがとう。」
ネルが頷けば、ソフィアは今度こそ廊下の外に出て行った。ドアが閉まる。
嵐のような?いや、春風のような?よくわからない。ただ、ちょっとにぎやかな空気は部屋の外に出て行ってしまったらしい。ネルは一つ息をついて、ドアのパネルを操作した。
鍵はきちんとかかった、・・・ようだった。もう一度操作して、鍵を開ける。大丈夫だ。
「さて、と・・・」
机の上の装置に戻る。曲名を押して、三角。・・・曲名と曲が一致していない、というより曲名がさっぱり読めないので、とりあえず頭から聞いてみる事にした。
ピ、ピ、と音を立てたのち、なんだか懐かしいピアノの音と、歌声が聞こえてくる。ソフィアが設定していてくれたのか、ネルにもわかる言葉だった。
少しずつ聞いてみれば、ピアノだけではなく、弦や笛の音が混ざったものもコーラスが混じったものもあった。とはいえ、ソフィアの趣味なのだろうか、なにやら可愛らしい曲や恋愛の歌が多い。彼女の雰囲気とよく合うな、と不思議なところに感心しながら、次、次と聞いていく。
恋とか愛とか好きとか嫌いとか、最初はくすぐったく感じたのだが、数曲聞くうちに慣れてきた。覚え易いものは、少し口ずさんでみたりしていると、少し楽しくなってくる。
歌は、緊張を和らげる。心を落ち着かせる。そして、気分を上向きにさせるのだ。
とはいえ、装置の前で手を遊ばせるのが勿体無いと思ってしまうのは性格というものだろう。
とりあえず目に付いたところで、ネルは荷物整理にかかることにした。
「恋したみたい 夢いっぱい・・・」
明るい恋の歌を口ずさんでやれば、手もなんだかてきぱき動くような気がしてくる。
ベンチの上、荷物をほどいて整頓して、また仕舞って。武器も手入れしなくては、と片付いた荷物から短剣を一組引っ張り出す。なんだか、気分がいい。上機嫌のまま、念入りに手入れしていく。
「時々は愛してね 腕いっぱい・・・」
と、何の前触れも無くドアが開いた。ソフィアが戻ってきたのだろうか。
「ああ、ソフィア?」
上機嫌のままドアの方に目をやる。
瞬間、いい音を立てて短剣が床に落ちた。
「なんだ、死神でも見たような顔しやがって。」
ソフィアではなかった。それは・・・アルベルは、底意地の悪い表情でこちらを見やる。
「な・・・なんでっ・・・」
そこまで口走って、上ずった自分の声に気がついた。慌てて声のトーンを下げる。
「・・・・何の用だい?」
「さあな。とりあえず俺の部屋はここだそうだが。」
ふてぶてしい態度のまま、それはとんでもない事を言う。
「冗談は顔だけにしな。私はそんな話聞いてないよ。」
落とした短剣を拾ってそう言えば、アルベルの方も眉間にしわを寄せる。
「俺だって聞いてねぇよ。テメェ以外に先客が居るなんてな。」
「先客?何言って」
と、言いかけたところでまたドアが開いた。
「ネルさんっ!・・・あ、アルベルさん・・・」
今度はソフィアだった。こちらとアルベルを見比べた後、困ったようにこちらを向く。
「ええと、鍵のことマリアさんに聞いてきたんですけど、・・・アルベルさん居るってことは、話聞かれたんですね?」
「・・・話ってのは?」
自分の中で答えは出ているが、あまり信じたくなくて先を促す。
ソフィアは言いにくそうにこちらを見上げた。
「アルベルさんと相部屋にするから、鍵を2人で使えるようにしたって話です。」
予想どおり、嬉しくない答えが返って来た。
「・・・・・・・・・・・・冗談かと思ったんだけど、本当だったんだね・・・ありがとう。」
「いえっ。その、マリアさんたちが来るって言ってました。詳しくはそっちに聞いてください、って」
ソフィアが言い終わるか言い終わらないかの内に、廊下側がまた騒がしくなった。
「・・・・来たようだな。」
今まで黙っていたアルベルが、ふい、と後ろを振り向いた。
「おい、話はついてたんじゃなかったのか?」
廊下のほうから、クリフとマリアが顔を出す。こちらを眺めてから、2人は顔を見合わせた。
「・・・お前が言ったんじゃなかったのか。」
「クリフが言ったと思ってたわ・・・。」
マリアがため息をつけば、クリフも頭を掻いた。
「設定は変えてたんだがな。こりゃうっかりしちまったな。」
「どういうことなんだい?」
努めて平静に問えば、マリアは一つ息をついて言った。
「部屋がもう無いのよ。それで、ディプロに居る間、アルベルと相部屋でお願いしたいの。」
その言葉は、最後通告のようにきこえた。その様子に気付いたのか、クリフがこちらに向き直る。
「あー、まあ、こういう場所はお前ら不慣れだろう?それなら同郷の人間同士のほうがいいと思ってだな。部屋もねぇし。」
それは、いつぞやアリアスで自分たちが言った事だった。あの時は気遣ったつもりだったのだが、まさかこんなところで同じような台詞が聞けるとは。・・・・しかし、それにしたって状況は大分違う気がしてならないのだが。
「・・・なるほどね。」
・・・・乗せて貰っている身分で我侭はいえなかった。絶対嫌だっ!と叫びたい気持ちをぐっとこらえて、了承の言葉を引っ張り出す。
「・・・わかった。それなら仕方ないさ。」
「悪いわね。ちょっとの間だけど、我慢してちょうだい。
 それじゃあ、ちょっとやる事がたまってたからこれで失礼するわ。ごめんなさい。」
マリアはそう言って軽く礼をすると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「あー・・・ま、お前なら大丈夫だろ。それに、いい加減アイツにも慣れてやれ。じゃぁな。」
クリフも言うだけ言うと、ソフィアをついでに促すようにして、部屋を出て行く。
ドアが自動で閉まった。部屋には2人取り残される。
『まだ怒ってるの そんな顔して いつもみたいに笑って・・・』
居たたまれないくらいに、おーでぃおの音が響いて聞こえた。止めようと立ち上がると、アルベルから声が掛かる。
「おい、さっきから聴こえてるこれはなんだ?」
「おーでぃお、ってソフィアは言ってたよ。音楽の自動演奏装置なんだそうだ。」
空気を読まないその機械は、今ものんきに恋の歌を歌っている。
「声もか?」
「ああ。」
返事だけして、顔もあわせないように装置の方に足を向ける。
『嫌いだよといった時も そっぽ向いたときも』
間隙に、絶妙のタイミングでそんな歌詞が流れてきた。一瞬体がこわばる。
『君の事ばっかり 気になる』
ただの歌詞だ。こんなのに動揺してどうする、と自分に突っ込む。
『誰が一番なのかって 本当は知ってるよ』
それにしても、何でこのタイミングでこうも恥ずかしい歌詞が流れるのか。はっきりきっぱりそんな気分じゃない。居たたまれなくて、顔が赤くなる。
『やっぱり君の近くがいい』
・・・よくないっ!!
ずかずかと早足で装置に寄ると、ネルは思い切り四角のパネルを押した。音が止まる。甘ったるい歌はもう聞こえない。確認して、一つ息をつく。
「なんだ、止めるのか?」
面白がるような声音に、顔がまた赤くなった。
「・・・・・風呂トイレはそっちで、ベッドはそこだ。さっさと寝ちまいな。」
質問には答えず、すたすたとベンチに戻って荷物を手にとる。
「・・・一つしかないぞ。」
入れ違いの方にベッドの方に行ったらしい。ネルは手早く荷物をまとめながら返事をした。
「元々一人用なんだよ。私はこっちで休むから勝手に使うんだね。」
荷物を枕のように抱きしめて、壁に身を預ける。こっちで寝る、とは言ったものの、これでは一睡もする気になれなかった。頭も心も警戒で張り詰めきっている。
「おい。」
上から声が降って来た。
「なんだい?」
目線を上げると、面白くもなさそうな顔でこちらを見下ろしているアルベルが目に入った。
「殺気ばらまくのやめろ。気になって休めん。」
「気にしなきゃいいだろ。」
言うだけ言って、目線を荷物の方に落とす。
「テメェはそうやってこの船に居る間中突っ張る気か?」
ベンチが少しゆれた。隣に座ったらしい。
「休める時に消耗してどうするんだ、阿呆。さっさと寝ちまえ。」
目の前を男の手が横切って、ベッドの方を指した。
いちいち正論なのが腹立たしい。・・・が、コイツはいつだってそうだ。意見は格好と言動の割に正論が多いし、別に悪い奴というわけでもない。ただそう思う度に、アリアスの惨憺たる様子を思い出すようにしていたから、悪印象が消えないだけなのだ。クリムゾンブレイドである手前、シーハーツ人である手前、アペリス教を信じている手前、馴れ合うことは出来なかったから、そう心に念じていた。
付き合いが長くなるほどに、・・・それは正直疲れることになってはいたのだが。
「・・・ま、それもそうだね。」
息をついて立ち上がる。警戒を意識して解いて、ネルはアルベルを見下ろした。
「アンタたちを許す気は無い。
 でも、この件が終わるまでは、シーハーツもアーリグリフもナシにしておくよ。無駄な疲れは旅に差し障るしね。」
そう言えば、少し整理がついた。肩の力も抜けて、少し楽になった気がする。
フン、とアルベル鼻を鳴らすのを聞きながらネルは踵を返した。
「どこに行く?」
後ろから声がかかる。
「お風呂だよ。使うんだったら私が上がるまで待つんだね。それじゃなかったら寝てな。ベッドは譲ってやるからさ。」
言うだけ言うと、傍に備え付けてあったバスタオルと寝巻きを片手に、ネルは浴室のドアに鍵をかけたのだった。

NiconicoPHP